第271話:上級者の孵化

「じゃぁ、いくよ?」

真剣な顔で卵の前に立つ聡太は、手を前にかざしながら言った。


その周りでは、そんな聡太と卵を取り囲むように一同が構えていた。


先程コモドドラゴンが忍力を集中させていたときと同じように。


もしも卵に込められた大量の忍力が暴発してしまうと、近くの村ごとドカン、だからである。


とはいえ、先程とは少しだけ、状況は変わっていた。


今回ロイは、聡太の足元にスタンバっていた。

それはなぜかというと。


「安心せい。いざという時は、儂がなんとしてでも守ってくれやるわ」

というわけである。


「ロイ、ありがとう。お陰で、こっちに集中できるよ」

聡太は、ロイへと笑いかけた。


(本当に、良い子じゃのう。それに引き換え、ウチのバカは・・・)

ロイはため息をついて、そのバカへと目を向けた。


その視線の先には、口にガムテープが貼られ、『只今反省中』のプラカードを首からかけている重清の姿があった。


大量の忍力の暴発という危険な状況にも関わらず、先程から何度も余計なことばかり言っていた重清は、遂に茜の怒りを買って、今に至るのである。


重清の脱線癖が、久々に悪い方向に働いた結果なのだ。


ちなみにこのプラカード、どこから現れたかというと、それは茜の忍術、『嫁入り忍術シリーズ』の1つ、『反省中の術』なのである。


本来は、悪いことをしたお子さんに使われるこの忍術ではあるが、現在この術を使える者は、一様にこの術の使用を辞めている。


何故ならば、これも児童虐待だからだ。

そう。児童虐待は憎むべき犯罪なのだ。

だからこの術を使うことの出来る数少ないお母さん忍者達は、決してこの術を使うことはないのである。


しかし、今回は仕方がないのだ。


重清が、あまりにも緊張感を持っていなかったのだから。

そして、当の重清も深く反省し、この術をかけられることを事前に承諾しているのだ。


そう。そこらへんは、ちゃんと徹底されているのだ。


さらにちなみに、これまで何度も出てきた『嫁入り忍術シリーズ』であるが、『嫁入り』と名付けられてはいるものの、実際には男女関係なく術の契約は可能となっている。


後にこのシリーズ、ある男の「今の時代に嫁入りとか古い!今は男女関係なく家事をやる時代だ!」

という進言により、『ご家庭お助け忍術シリーズ』と改名されることとなるのであるが、それはまた別のお話。


と、そんなことはさておき。


「じゃぁ、いきます!」

意を決してそう言った聡太は、目の前の卵へと集中する。


「みんな、さっきと同じ要領よ!3人は、一緒にお願い!」

智乃はそう言いながら、茜と恒久、そして重清へと目を向ける。


智乃の言葉に頷いた3人は、コモドドラゴンの出産時と同じように忍力を展開していった。


重清を挟むようにして構えていた茜と恒久は、緊張感を持ちながらも心の中で思っていた。


(シゲのこの姿、緊張感が薄れる!!)

と。


こうなった元々の責任は重清にあるとはいえ、重清をこんな姿にしたのは茜であり、それに対しては重清にあまり責任はない。


だからこそ茜と恒久は、この緊張感の無い重清の姿に、どこにもぶつけようの無い怒りを感じながら忍力を展開させていた。


「はぁーーっ!!」

そんな茜と恒久の葛藤など知らない聡太は、そう言いながら卵に向かって自身の忍力を注ぎ始めた。


聡太から出てくる緑色の忍力が、卵へと吸収されていく。


(す、凄い。この、どんどんぼくの忍力を吸っていく。あ、やばいかも・・・)


自身の意志とは関係なく、忍力を吸収され始めた聡太は忍力の放出を抑えることもできず、次々と忍力を吸収されていき、


「だぁっ!もうダメっ・・・」

そう叫んで、その場へとへたり込んだ。


「ソウ!大丈夫か!?」

「むぐむぐっ!?」

恒久と口にガムテープを貼られた重清が、聡太へと駆け寄った。


「はぁ、はぁ。だ、大丈夫。ちょっと、忍力切らしそうになっただけだから・・・」

聡太は、真っ青な顔で2人に微笑み返した。


「いや、どう見ても大丈夫じゃないだろ」

「むぐむぐっ!!」

恒久と重清は、聡太に肩を貸しながら言った。


「で、成功したのか?」

恒久はそう言いながら、卵のあった場所へと目を向ける。


そこにあったのは、卵。


「卵、だね」

「あぁ、卵だな」

「むぐっ」

聡太が呟き、恒久と重清がうなずき返していた。


「どうやら、孵化させるには忍力が足りなかったみたいね」

智乃がそう言いながら、3人の元へと歩み寄ってきた。


『そのようだな。しかし、先程までのような危うさはなくなったようだ』

コモドドラゴンも、そう言ってノソノソと重清達の元へやって来る。


「えぇっと・・・ぼくはどうすれば・・・」

恒久と重清に肩を預けながら、聡太はコモドドラゴンを見つめていた。


『ふむ。恐らく孵化には、我が注いだ力と同じくらいの力を注ぐ必要があるようだ。その子を持ち帰り、日々力を注いでやるしかあるまい』

「えぇ。これ毎日かぁ・・・」


コモドドラゴンの言葉に聡太は、がくりとうなだれるのであった。

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