第232話:犯人は誰だ

「えっ、み、美影・・・」

突然のことに、重清は次の言葉が出なかった。


しかし、無理もない、とも重清は思った。


直前に自分をふった相手が、馴れ馴れしく名前を読んだのである。

怒って手を振り払っても仕方ないことなのだ、と。


重清は、自分の軽率さを後悔した。


しかし重清のその後悔も、美影の次の言葉で消え失せた。


「ちょっと日立!なんでこの末席、こんなに私に馴れ馴れしいのよ!?」

美影は、そう言って日立の方へと目を向けた。


「な、何をおっしゃいますか美影様。美影様が、重清殿を好きになり、許可されたのではありませんか」

日立は、慌てた様に美影を諭した。


「はぁ!?何を言っているのよ!私が、分家の末席なんて好きになるわけないじゃないの!!」

美影は、そう言って日立を睨みつけた。


「充希、あなたからも言ってちょうだいよ!」

美影にそう言われた充希もまた、戸惑いの表情で姉を見ていた。


「あ、姉上。どうしたんですか?姉上は、雑賀重清が、す、好きだと言っていたではありませんか!?」

「充希まで何を言っているの!私をからかうのもいい加減にしなさいよっ!」

美影は、充希の言葉に怒鳴り声を上げた。


その場の一同は、誰もが口を閉ざしていた。


それは美影が怒鳴ったからなどではなく、美影のその豹変ぶりに違和感を感じたからであった。


「どうやら、何故か重清に対する想いだけ、無くしているようだね」

雅が、美影を見ながら言うと、


「あなた誰―――ってもしかしてあなたは、雑賀雅様!?」

美影が、雅を見て興奮して立ち上がった。


「私、あなたのこと尊敬しています!お会いできて嬉しいです!!」

雅の手をとった美影は、目を輝かせて雅を見つめていた。


「あたしのことは、覚えているようだね」

「もちろんです!!あなたのことを知らない忍者なんて、この世にいないはずありませんっ!!」


「わかった、わかったから!美影、あんたは何者かに襲われて重症だったんだよ。今は治療して何ともないだろうが、少し横になってな!」

雅はそう言って美影の手を振りほどき、美影を布団へと押し込んだ。


「私が、襲われた??まさか、そこの末席に!?」

横になった美影が、戸惑いながらも重清を睨んだ。


「いや流れ弾っ!!おれじゃないからっ!!」

重清は、すかさずつっこんだ。


「馴れ馴れしくつっこむな、末席」

そんな重清に、美影は冷たい表情でそう告げた。


「重清、あんたは少し黙ってな。美影、これはあたしの孫なんだ。あんまりいじめないでやっておくれ」

「み、雅様の!?えっ、でも、じゃぁなんで末席に・・・」


「はぁ〜。六兵衛、ちゃんと説明しておやり」

ため息をついた雅は、重清に押しのけられて以来影の薄かった弟へと目を向ける。


「お祖父様!いらっしゃったんですね!?それで、なんでこの末席が、雅様の孫なんてことになってるんですか!?」

初めて祖父の存在に気付いた美影が、六兵衛を見つめていた。


「雑賀本家当主って一体・・・いや、それはいい。姉上のことだな。今話してやろう」


こうして六兵衛は、雅が分家末席へと落ちた理由を語った。



「なるほど、そんなことが・・・だからといって、別にそこのアホ面を好きになるとは思えませんけど」

六兵衛の話を聞いた美影は、納得したように頷いていて、重清を睨みつけた。


流石にちょっと、重清が可哀想になってきたのである。


「まぁ、あたしや重清のことはいいんだよ。そんなことよりも美影、あんた、襲ってきた相手のことは覚えてるのかい?」

可哀想な重清をそんなこと呼ばわりしながら、雅は美影に問う。


「いいえ。申し訳ないですが、襲われたことすら覚えていません」

美影は、目頭を押さえながら答えた。


「それも記憶なし、か」

雅が呟くように言うと、一同は俯いて押し黙ってしまった。


唯一の手がかりが無くなったのだから、無理もない。


「記憶、か・・・」

そんな中、ノリがボソリと呟いた。


「なんだいノリ。何か思い当たる事でもあるのかい?」

雅が、ノリに目を向けた。


「いや、誰か特定の者、というわけでは無いのですが・・・以前にも、似たようなことなことがありまして」

「あっ、優大君だ!!」

重清が、ノリの言葉に反応して大声をあげた。


「はぁ〜。重清、お前守秘義務って言葉知ってるか!?依頼者の名前を明かすなんて、あってはならんことだぞ!?」

ノリが呆れたように重清を見る。


「あ・・・」

重清が気まずそうにしていると、


「そういうノリだって、それが依頼に関することだと言っちまってるがね」

雅が、ノリにつっこんだ。


「あ・・・」

ノリも重清同様気まずそうな表情を浮かべる。


「まったくあんた達、孫と弟子が揃いも揃ってあの人みたいに脱線してるんじゃないよ!それでノリ、その件は、どうなったんだい?」

雅が呆れながら2人の頭に拳骨を振り下ろして、ノリを見た。


「相変わらず雅様の拳骨は痛い。あ、えっと、さっきの話ですね。依頼自体は一応の解決はしました。

しかしその、依頼主は突然依頼したことすらも全て記憶を失くし、そのまま現在も戻っていないようで・・・」


「未解決のまま、か・・・」

雅の言葉に、一同が再び落胆の色を濃くした。


「そういえば茜、さっき何か言いかけたみたいだけど・・・」

美影が目を覚ます直前に茜が何かを言おうとしていたことを思い出したチーノが、沈黙を破った。


一同の視線を集めた茜は、チラリと重清に目を向けて、口を開いた。


「・・・うん。もしかしたらだけどわたし、美影様を襲った犯人、見たかも」

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