第215話:雑賀本家の事情 雑賀クルの場合

陰山隠は、幼少の頃より父に厳しく育てられた。


『陰山家は雑賀家のためにこそあるべし』

という、父、日立の教えを叩き込まれてきた。


それは、忍者として契約する以前より続いていた。


彼は、その教えに疑問を持つことなく育ってきた。

父の教えに妄信したからではない。


ただただ、雑賀美影と雑賀充希が、大好きだったからである。


彼は、幼い頃から自身を表に出すことを苦手としてきた。

そのために、ともだちを創ることなどできなかった。


しかし、そんな彼を、雑賀美影と雑賀充希は、当たり前のように受け入れてくれた。


彼にとっては、それが全てであった。


そんな2人を支えたい、と彼は思っていた。

父は雑賀家に仕えているということは分かっていた。

しかしそれが具体的にどういうものなのか、幼い彼には分からなかった。


小学校高学年になった頃には、彼は漠然と『自分は雑賀家の執事的な何かになるんだろう』と、思うようになっていた。


しかし、中学生になるのと同時に忍者として雑賀本家当主、雑賀六兵衛と契約し、彼は理解した。


『自分は、忍者として2人を支えるのだ』と。

それから彼は、父の指導のもと必死になって修行した。


『常に美影様、充希様より強くあれ』

それが、父日立の教えであった。


父は常々言っていた。


『いつか美影様と充希様は、お前を超える日が来るだろう。その日まで、常にお2人の1歩前を行け。お前自身が、お2人の最大の壁となるのだ』と。

隠は、父の言葉を胸に日々研鑽を積んだ。


その結果、父の教え通り、隠は美影や充希よりも力をつけることとなった。


日立に誤算があったとするならば、それは隠の才能に他ならないだろう。

隠は、その才能から美影や充希とは圧倒的な差を持った力を身に着けていた。

しかし、それを隠はひけらかすことなく、むしろ2人よりも弱いように振る舞い、手合わせの中で少しずつ2人の力を引き出していった。


それは、日立隠の才能に気付いた日立の指示であった。



そんな隠も、1つだけ疑問に思うことがあった。


父の教えでは、本家以外の忍者は全て、その存在自体が本家のためにあるものであり、それ以外に価値はないのだと言われていた。


しかし、本当にそうなのだろうかと、隠は思うようになっていた。


今のこの時代に、そのような考えが許されるのだろうか、と。


1度隠は、その疑問を美影と充希にぶつけた事があった。


しかし、同じく日立からの教育を受けていた2人は、そんな隠の疑問を一笑に付した。


それでも隠は、その疑問から抜け出すことができなかった。


その頃から隠は、他の忍者にも会ってみたいと思うようになっていた。

本当に、本家以外の忍者に、価値がないのか、と。


そんな隠の想いは、雑賀本家当主、雑賀六兵衛の転校という提案によって現実のものとなることになった。


そこで隠が出会った忍者たちは、誰もが生き生きしていた。本家だとか、そんなものに一切縛られない彼らに、隠は嫉妬すら感じてしまうほどであった。


そんな中、隠は忍者部の1人である甲賀ソウと手合わせをした。


それは、隠が感じたことのないほどに充実したものであった。

これほどまでに自分の力を出すことができる、その事実に隠が楽しんでいたという父、日立の見立ては間違ってはいなかった。


隠は、ソウとの手合わせを心の底から楽しんでいた。


それまで、自身と同じ年齢の者に負けるわけがないと、隠は心のどこかで思っていた。

しかしそんな想いは、ソウに見事に打ち砕かれた。


結果として勝ったのは隠ではあったものの、ソウの力には目を見張るものがあった。


それは『本家以外の忍者に価値はない』という父の教えを否定するのに十分なことであった。


それだけでなく隠は、さらに確信した。


父が妄信する雑賀家の教育は、遅れている、と。

甲賀、いや、雑賀平八が作り上げた教育カリキュラムこそが守られていくべきものである、と。


このようなことを、父や美影たちの前で言うことは出来なかった隠であったが、その想いだけが彼の心に、スッと染みわたっていくのを、隠は不思議な気持ちで感じていた。


しかし、そんな想いを楽しむ暇もなく、同じ日のうちに隠は驚かされることになる。


美影と充希が、恋をしたと言い出したのだ。


相手はそれぞれ、雑賀重清と甲賀アカ。


雑賀重清は、雑賀平八と雑賀雅の孫であり、本家の血を引くことを日立は隠してはいたが、隠は秘かに知っていた。

また甲賀アカも、雑賀雅の孫であるという事実を、本人の口から聞いた隠は、2人の恋を応援したいと、強く願っていた。


彼にとって美影と充希は、付き従うべき存在であることは変わりなかった。

それと同時に隠は2人を、守るべき妹や弟のように感じていた。


だからこそ隠は、2人を応援したいと思った。

しかし隠には確信があった。


2人の恋が実らないわけがない、と。


美影は誰もが認める美少女である。思い込みが激しい点と、本家以外の忍者を下に見ている点だけは少し不安ではあったが、それを帳消しにするほどの美少女なのだ。


対する充希も、姉に似て綺麗な顔立ちをしており、児童数の少なかった小学校においては圧倒的に人気のある少年だった。


そんな隠の確信も空しく、2人の恋は呆気なく打ち破られた。


美影は、例の思い込みのせいで全くそのことに気づいてはいなかったが。


そして隠は誓った。


2人の恋を、僕が全力で応援しよう、と。


しかし彼は気づいてはいなかった。

そもそも自身が恋をしたこともなければ、誰かの恋を応援したこともない1人の少年に、ちゃんとした応援をすることが難しいということに。


そんなことに気づいていない隠少年は、2人のために全力で頑張ろうと心に誓い、結果、翌日からはっちゃけることとなるのであった。

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