第210話:雑賀本家にて 後編

「私だって、父上が認めた平八義兄さんの教育システムを取り入れるつもりでしたよ!?この数十年、みるみる弟子が減っていく中、それを検討しないわけないじゃないですか」

六兵衛は、泣きそうな、むしろもはや泣きながら切々と語っていた。


日立ひたつ、か」

雅がボソリといったその言葉に、六兵衛は泣きながら頷き返した。


雅が言った日立ひたつとは、忍名、雑賀日立、本名、陰山日立、60歳のことである。

同時刻、突然2中忍者部に乱入し、色々とわちゃわちゃさせた張本人であり、雑賀クルの父でもあるその男の名前を呟きながら、雅は呆れたように弟に目を向けた。


「あれの父も、新しい教育システムには大反対だったが、まさか息子までとは・・・」

「お察しのとおり。日立は代々我が雑賀本家に仕える家系の者であり、雑賀家から弟子が離れていく中で唯一残った弟子でもあります。

それに今、美影たちの教育は全て日立に任せているのです。だからこそ、蔑ろにできないというか・・・」


「まったく、当主が聞いて呆れるよ」

「はぁ。そう言うんだったら、今からでも代わってくださいよ、姉上。元々は姉上がなるはずだったのですから」

六兵衛がまた、雅を恨めしそうな目で見返す。


「あたしは、あんたと違って綺麗なお手てだからね。雑賀本家の当主様になんて、なる資格はないさ」

「そのことならご安心を。そんな決まりは私の代で終わらせておりますので!」


「誰がなるか、そんな面倒なもの」

「はぁ。兵衛蔵が生きていてくれれば・・・」

六兵衛が、既にこの世にいない息子の名を、頭を抱えて呟いた。


「事故、だったね」

「私は、殺されたと思っていますがね」

六兵衛の様子にいたたまれなくなった雅が囁くように言うと、六兵衛は雅を睨むようにその顔をあげた。


「しかし、あの子が亡くなった時、既に協会長はあの人だった。忍者の殺しはタブーにされたはずだよ。それなのにどうやって・・・」

「そんなもの、タブーを気にしなければどうとでもなるではないですか!」

雅の言葉に、六兵衛は目の前のちゃぶ台を叩きながら立ち上がる。


「あたしにあたるんじゃないよ。あの件はこっちでも調べてみたが、忍者が関わった形跡は見つけられなかったんだ」

「それは分かっておりますが・・・」


「亡くしたことを惜しむ気持ちはわかるが、今は現在の話だ。続きを話しな」

雅は、冷たくそう言って話を切り替えた。


雅自身、兵衛蔵の死には思うところが無いわけでもなかったが、今は可愛い甥の死を悼むよりも、今を生きる孫たちを気にかける気持ちが勝ってのことであった。


「失礼しました。とにかく今、雑賀本家は実質、日立が牛耳っているようなものなのです。まぁ、本人はそんなこと、少しも分かってはおりませんが・・・」

「で、それに対抗するために、孫たちを転校させた、と?」


「まぁ、有り体に言えばそういうことです」

「ふん。立場を守るために使われたなんて、アンタの孫も可哀想なことだよ」


「一応、転校させた理由はあるんですよ?美影と充希は、隠と3人でしか修行を行っておりません。見知った仲での修行ばかりで、あの子達、特に美影は、自分の知らない術を使われたりすると、どうにも混乱してしまう。

それを克服するためにも、忍者部という環境は適しているのですよ」

「なるほどね。まぁ言いたいことは分かった。しかし、よく今のアンタが、日立を説得できたねぇ」

雅は、そう言って六兵衛を見つめた。


「うぐっ。そんな素敵な瞳で見つめないでくださいよ姉上」

「気持ち悪く誤魔化すんじゃないよ」


「はぁ〜、本心なのですが・・・」

「そんなことはいいから、さっさと続きを話しな」

肩を落として呟く六兵衛を、雅が睨みつける。


「うぅ。これは、あくまでも日立を説得するための建前ですからね?」

そう言って雅の表情を窺った後、意を決したように話し出した。


「美影も、あと何年かしたら雑賀本家当主を継いでもらわなければなりません。そうすれば今度は、結婚し、雑賀の血を後世に残していく必要が出てきます」

「あんた、まさか!」


「えぇ、あわよくば、重清君とどうにかなってくれないかと―――」

「ふざけんじゃないよ!!」

六兵衛の言葉を遮って、雅が叫んだ。


「あんた、重清を本家の血筋を続ける道具に使うつもりか!?」

「いやいや姉上、私言いましたよね?これは日立を納得させる建前なんですって!」

六兵衛が、慌てたように雅を諭しながら続けた。


「日立を言い含めるには、重清君の名前を出すしかなかったのです!立場上分家ということになってはおりますが、姉上の、雑賀本家の血を引く雑賀雅の孫であるからこそ、日立も渋々ながらも美影たちの転校を認めたのですから」

情けなさそうにそう言う弟の姿に雅は、


「だったら、そう言えばいいじゃないか。あたしに事前に相談しなかったってことは、アンタも少しは期待してるんじゃないのかい?」

そう言って弟を睨みつけた。


「いや、まぁ、少しは期待していますが・・・」

「ふん、そんなことだろうと思っていたよ。まったく、ウチの孫は、そう簡単に落ちる子じゃないよ」


「しかし、あの雑賀平八殿の孫ですよ?」

「・・・・・・・・そ、それでもだよっ!!」


「今年の中忍体では、対戦相手の少女に思いっきり騙されていたと伺いましたが?」

「・・・・・・・・あんた、結構ちゃんと調べてるじゃないか。意外と、本気なんじゃないかい?」


「まぁ、後は若い2人に任せるということで」

「・・・誤魔化したね。まぁいいさ。重清には、ウチの弟子が嫁に行く予定だし」


「え、ちょっと待って姉上、それ聞いてない」

「おや、天下の雑賀本家様も、その辺りの情報は入っていないようだね」


「え、姉上の弟子って、あの甲賀アカって子ですよね!?え、そうなの?2人、そんな関係なの!?」

「アンタ、急に焦りすぎだよ。孫のこと言えないじゃないか」


どうやら、美影の焦り癖も、六兵衛の血の影響のようである。


「し、しかし、ウチの孫もまだ可能性はありますよ!姉上の血を引いているからか、年のわりに美しいといわれております!」


「ふん、そんな見た目の美しさだけじゃなく、我が弟子あっちゃんは、性格も最高なのさ!あんたんとこみたいに、分家をバカにするような捻くれた性格はしていないさ」

「そ、それは日立の教育のせいであって、あの子本来の性格はそれはもう良い子でして!」


「あーあ!この愚弟、ついには人のせいにし出したよ!うわー、六兵衛最低~」


年老いた2人の姉弟喧嘩は、その後しばらく続いた。



その後、言いたいだけ言い合った2人は、息を切らせていた。


「しかしこの勝負、もう半分は私の方に分がありますよ」

肩で息をしながら、六兵衛が雅に勝ち誇ったように言った。


どうやら、重清の嫁の座争奪戦は、いつの間にか2人の勝負へと変わっていたようである。


「聞けば姉上の弟子、甲賀アカは、特に重清君を意識していない様子。それではスタートラインにも立ってはおりません。対して我が孫は、天才忍者、雑賀雅を心底尊敬しています。

そしてその孫である重清君とは先ほどまで死闘を繰り広げていたとか。しかも日立の介入がなければ、ほぼほぼ重清君の勝ちであったと報告を受けておりますよ?

いやー、やはり自分より強い者と言うのは、いつの時代も強く惹かれるものですね〜」


「それが何だていうんだい?」

雅もまた、肩で息をしながら六兵衛へと目を向けた。


「ウチの孫、惚れやすいんですよ」

六兵衛の顔が、ニヤリと勝利の喜びに埋め尽くされていた。

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