第189話:豹変

「あ、姉上、突然何を言い出すんですか!」

自分と勝負しろ。そう言った美影に、充希が慌てたように言葉を挟む。


「何よ充希!あなたはあの末席の態度、なんとも思わないの!?」

「確かに彼の姉上に対する言動には思うところはあります!けれどそれは、彼が無知だからこそ!一度冷静になってください!

あなたからも、彼に言ってくださいよ!」

そう言って充希は、ノリへと目を向けた。


「はぁ」

ノリは、充希の視線を受けて気の無い返事をして、重清へと向き直った。


「あー、重清、さっき言いかけたが、これはお前だけの問題じゃない。お前は今雑賀家の一員なわけだ。あー、言いたくはないがお前の家族はあくまで末席だ。その当主はへいは―――お前のお祖父様だったわけだが、お亡くなりになった際に、お祖母様がその後を引き継いでいる。

わかるか?お前の判断1つで、お前だけでなく、お祖母様の子であるお前の叔父さん達やその子ども達の立場まで危うくなるんだ」


「えー、なんか余計面倒臭いじゃん!あーもう!わかったよ!じゃぁもう面倒臭いから、敬語使うよ!それでいいんですよね!?」

もう考えるのを放棄した重清が、そう投げやりに美影に言い放った。


「はぁ!?じゃぁ?面倒臭いから!?あんた、全然分かってないじゃないのよ!!ふざけるのも大概にしなさいよ!末席のくせにっ!!」

「はぁ!?こっちは納得してなくても譲歩してんじゃ・・・してるじゃないですか!

さっきから聞いてれば、事あるごとに『末席』とか呼びやがって!少しくらい可愛いからってな、何度もそう言われると流石に腹立ってくるんだよっ!!」


先程の『敬語使う』宣言など無かったかのように、重清が言い返す。

その言葉に反応したのは、美影ではなく、充希であった。


「てめーこの野郎!さっきから聞いてりゃふざけた事ばかり言いやがって!終いにゃぁなんつった!?姉上を捕まえて『少し可愛い』だぁ!?

てめーの目は腐ってんのか!?こんな絶世の美女、この世に他にいねーだろうがっ!!」

そう言って、充希は重清に掴みかかった。


(えぇ〜〜〜)


その場にいる殆どの者は、充希のその姿に愕然とし、ただそう思いながら目の前で繰り広げられる雑賀家のやり取りを呆然と見ていた。


特にアカは、社会科研究部の部室に入ってからの充希の落ち着いた態度に、彼女が言うところの『イイ男2次試験』を通す直前だあったこともあり、目の前の光景は他の者以上にショックだったとか。


そんなことはさておき。


そのまま重清を絞め殺しそうな勢いの充希を止めたのは、結局未だに紹介すらされていない少年、隠(かくる)君であった。


「み、充希様!どうか落ち着いてください!彼はきっと、照れているのです!美影様のあまりの美しさに!おそらく彼は、好きな女子をいじめてリコーダーを舐め回すタイプの変態なんですよ!」

「いや、ちょっ、それは流石に―――」

隠の言葉に、無駄にディスられた重清が抗議の声を上げようとすると、隠は必死に目で『何も言わないで!』と訴えて来た。


そのあまりの必死さに、重清は口を閉じ、目の前の茶番劇を静観することにするのであった。


「そ、そうか。彼は変態だったのか。それならば仕方ないな。しかしクル・・・」

落ち着きを取り戻しつつある充希が、隠へと目を向けた。


「姉上が『美しい』なんて、お前まさか、姉上に惚れているんじゃないだろうな!?」

何故か矛先が自分に向けられた隠―――どうやら彼の忍名は、クルというようである―――は、特に慌てもせずに充希の言葉を否定する。


「そのような、滅相もございません!美影様には、充希様がお似合いだということは、十分承知しております!」

「だよな!だよなぁ!!いや〜、クルは分かってるなぁ!」

先程までのことなど嘘のように晴れやかな笑みを浮かべた充希が、隠の肩に腕を回して、笑っていた。


「ちょっとクル。弟とお似合いとか、気持ち悪いからやめてくれない?」

満面の笑みを浮かべる充希の隣で、ひとまずの騒ぎを食い止めてほっとした表情の隠に、美影は冷たい目で睨みつけながら言い放った。


「その冷めた表情!姉上の美しさを引き締めるっ!!」

美影に睨まれて怯え切っている隠のことなど気にも留めていない充希は、そう言って1人、盛り上がっていた。


「充希、あなたは少し黙っていなさい。それよりも雑賀重清!やはりあんたには、一度本家の実力をその体に教え込まないといけないようね。

もう一回言うわ!私と勝負しなさい!」

そう言って再び、美影は重清をビシリと指差した。


その一連の光景を目の当たりにした一同は、まず思った。


(雑賀充希、面倒くさい)


と。

そもそも充希は、重清の『美影がちょっと可愛い』という言葉に、『ちょっとではなく、絶世の美女』であるとキレた。

そこまではまだいい。いや、良くはないのだが。

しかし彼はその直後、隠の『美しい』に対し、『お前、姉に気があるのか?』と脅しをかけた。


褒める度合いが弱ければキレ、強ければライバル視する。

もう、どうすればいいのだ、と。


さらに一同は思っていた。


(隠君、可哀想)


と。

充希の暴走を止めるために『美影は充希とお似合い』と言ってその場を何とか収束させた隠に対し、今度は美影が冷たい視線で睨みつけ、隠を威圧した。

この場にいる皆は一様に、この面倒くさい姉弟の2人の間に挟まれている隠が不憫に思えてならなかったのだ。


そして一同は結論付けた。


(雑賀本家、マジ面倒くさい)


と。それと同時に、ノリを除いた一同は思っていた。


(いつになったら、隠君を紹介してくれるのだろう)


と。



そんな中、どこの誰ともわからない私は敢えて言わせてもらおうと思う。


この話は、読み飛ばしてもあまり影響はありません。


と。

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