第118話:響き渡る事務的アナウンス

チーノとアツが声のした方へ目を向けると、ソウと根来リキが駆け寄ってきた。


「アツ先輩!大丈夫ですか!?」

「リキか。腕をやられちまったよ。」

そう言って忌々しそうにチーノを睨みつける。


「あ、あのっ!」

アツの視線に怯えながらも、リキがチーノに声をかける。

「み、見逃してくれませんか!?」

「なっ!?リキ、何を言ってる!!」

「だってアツ先輩、このままじゃマズイですよ!アツ先輩はリーダーなんですから!」

「ぐっ。」

そう言われてアツは、黙り込んでしまう。


「ソウ、どうすればいいかしら?」

「えっ!?ぼくにフるの!?えっと、じゃぁチーノ、良かったら見逃してくれない?」

「えぇ。わかったわ。ほら、お行きなさい。」


「よ、よかった!アツ先輩、行きま―――」

「すまん、しばらく1人にしてくれ。」

アツはリキの言葉を遮り、そのまま人気のいない路地へと走り去っていく。


「アツ先輩・・・」

アツの背を見つめるリキは、そう呟いてただ見送ることしかできなかった。


「あの子、後輩を敵の中に残して1人で行くなんて、よっぽど悔しかったのね。」

「いや、やった張本猫がそう言っても。」

チーノのつぶやきに、ソウはただ、そうつっこむ。


「それで、あなた達はどうするの?2人で戦うのかしら?」


「「えっ!?」」

チーノの言葉にソウはリキと視線を合わせ、


「いや、やめとくよ。共闘したあとには、さすがにね。」

苦笑いしてそう返す。


「あら、そ。お好きにしなさい。私は、重清のところへ行くわね。」

それだけ言って、チーノは2人の元を離れていった。


「えっと・・・どうしよっか?」

寂しそうな顔でそう言うリキに、

「あっちで先輩が戦ってるから、そっちの様子、見に行ってもいいかな?」

「うん。行くよ、タロー。」

近くの電信柱にマーキングしていたタローに声をかけたリキとソウは、そのままショウの戦っている場へと足を向けるのであった。



「はぁ、はぁ、はぁ。」

チーノから見逃された根来アツは、動かなくなった腕を気にしながらも、1人路地裏へと来ていた。


後輩の視線から逃れるように全力で走っていた彼は、周りに人気が無いことを確認すると、その場に座り込んで、1人涙を流していた。



根来アツは、優秀な忍者であった。

それは忍者としての能力だけではない。

後輩たちを率いるリーダーとしての素質も十分に備えていた。

それはひとえに彼の才能であり、その才能に驕ることなく努力を重ねたことによるものであった。


3中顧問の根来トウの方針により、3中は毎年男女1名ずつが入部している。

その選出はもちろん顧問である根来トウが行ってはいたが、男女1名ずつという縛りは、思いのほか厳しいものがあった。

そのため3中忍者部には、忍者としての才能がそこまでない者が入部することも多々あった。


その中にあっても、根来アツの才能は飛びぬけていた。

その才能は、根来トウが見てきた3中の中においても群を抜いていた。


そしてその才能は、他の部員たちにとって尊敬の対象となった。


根来アツは中学生である。

いくら才能に驕ることなく努力を重ねていたとはいえ、周りから常に尊敬され、才能を褒められる。

そのような状況でも驕ることなく精進し続けることができる程、彼の心は強くなかった。


彼の心には、わずかばかりの驕りが生じていた。


しかしその驕りは、決して表に出るものではなかった。

そしてそれは、彼の心の表面にも出てくることはなかった。

3中忍者部の部長として、そのような気持ちを抱くことすら、根来アツ自身が許さなかった。

それだけでも、彼の自制心が弱くないことはよくわかる。


彼は、才能があるのだ。心も、決して弱いわけではない。

ただ、心の成長が環境に追いつかなかったのである。


そして彼の心に生じた驕りは、ただ心の奥底で静かに眠っていた。


それが今、チーノという猫に敗れたことで顔を表した。

2中の1年生が具現化したであろう、具現獣に、だった。


これまで心の奥底で燻っていいた驕りが、顔を出していた。

しかし彼は、それが怒りや憎しみといった負の感情に流されることを嫌った。

それは、元々の彼の優しさによるものであった。


結果彼は、ただただ悔し涙を流すことしかできなかった。

忍者部に入って、初めてのことであった。


根来アツは、ただ、その場でしばしの間、泣き崩れていた。



その時。


「残念、でしたね。」


突然現れた気配と声に、アツが声を上げる。

「っ!?なにもの――――」


そこで、根来アツは意識を失うこととなった。



「良かった。私でも、相手が油断していれば、3年生でも倒せるのね。」

声の主はそう言って、横たわるアツに視線を落とす。


涙で顔がぐしゃぐしゃになっていたアツは、涙でアスファルトを濡らし、スッとそのままその場から消えていった。


その光景を見ていた影は、

「・・・・・・」

何も言わず、その場から姿を消した。


その時、会場全体に事務的な声が、辺りに響き渡る。


「忍が丘第3中学校、持ち点の消失により敗退となります。」



---あとがき---


明日は午前10時更新です!

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