第99話:よっちゃんの恐怖
「くっ!」
「お友達は全員確保したわ。あとはあなただけよん♪鈴木くんっ!!」
色黒に日焼けした短髪の男は、その日焼けとは対象的な白い歯を浮かべた笑顔でそう叫び、重清へと抱きつこうとする。
それをなんとか避けて、重清は再び走り始める。
「クソっ、何でこんなことにっ!」
そう呟きながら。
時は少し遡る。
その日、修行を終えた1年生4人は、社会科研究部の部室でしばしの歓談をしていた。
ちなみにプレッソとチーノは、一足先に窓から出て、プレッソは校門で重清を待ち、チーノは雅との女子会(?)に向かっていた。
その時、部室の扉が開く。
「ゲッ!」
入ってきた男を見て、重清はついそんな声を漏らす。
「あら、鈴木くぅん。先生を見てそんなこと言うなんて、ちょっとひどいわよ!」
男は、そう言って重清にウインクする。
男の名は斎藤 義雄。
忍が丘2中の陸上部顧問である。
以前重清が急に雅から呼び出されて全力で町中を走っているのを見て以来、重清を何度も陸上部へ勧誘していた男である。
そのあまりのしつこさに、重清が先程のような声を漏らすのも、仕方ない。
決して、斎藤のキャラの濃さに声を出したわけではないのだ。
ちなみに生徒たちからは、「よっちゃん」と呼ばれ親しまれている良き教師である。
「シゲー、お前良い加減、諦めて陸上部入っちゃえよー!こっちだっていい迷惑―――」
恒久が重清を見捨てようとしたとき、恒久の肩をむんずと斎藤は掴む。
「へっ?」
「あなた、井田君ね?そしてあなた達は森さんと風間君。あなた達も是非、陸上部へ入らない?」
その斎藤の言葉に、これまで他人事のように見ていた茜と聡太は、驚いたように斎藤を見る。
斎藤は、キラキラした瞳で、恒久を見つめていた。
それを目の当たりにした2人は思う。
((あ、これマジのやつだ。))
と。
キラキラの瞳を直接向けられた恒久は、絶望の表情でなんとか声を絞り出す。
「な、なんで・・・」
それに斎藤は、ニコリと笑って手に力を込める。
「あなた達、しばらく前に町中を走っていたでしょ?その走りに、惚れちゃったのよ。」
「「「あ。」」」
それが、田中琴音に会うために急いで中央公園へと向かっていた重清を追跡していた時のことだと気付いた3人は、揃って後悔の一言を漏らす。
「パチンッ」
その時、斎藤が指を鳴らした。
すると、厳つい男たちが社会科研究部の部室へと流れ込んで来た。
「あなた達っ!彼らは我が陸上部の希望の星よっ!今年残念な結果に終わった分、彼らを引きずり込んで来年こそは、全国に行くのよっ!!」
そう言って斎藤は、掴んでいた恒久を男達へと放り込む。
「のぉーーーーーー!」
その声を残して、恒久は男達に揉みくちゃにされながらそのまま流れるように連れ出されて行くのであった。
(((あれは嫌すぎるっ!!)))
その光景を見た3人は、そう思って目配せをする。
そして、
「逃げるぞっ!!」
重清の言葉を合図に、3人は部室から飛び出して行く。
「逃さないわよぉーー!!」
「ちょっと!斎藤先生、図書館ではお静かにお願いしますっ!」
おぉーっほっほぉーと高笑いしている斎藤に、突然インテリなメガネをかけた女性が叫ぶ。
この図書館の司書教諭、島田先生であった。
教員なのに、何故かみんなから『島田さん』と呼ばれる事が最近悩みな、31歳独身である。
「あら、島田ちゃんじゃないの。ごめんなさいね、なんか楽しくなってきちゃって。今度、あなたの好きなアイドルのグッズ買ってくるから、許してちょうだい?」
「そ、そういうことなら、今回の事は不問に付しますがっ。で、でもっ、図書館では騒がないでくださいね。」
「えぇ。承知したわ。あたし、ちょっと急ぐから、また後でねっ。」
そう言ってウインクを島田に放って、斎藤はそそくさと図書館を後にする。
「まったく、社会科研究部のあの子達といい斎藤先生といい、図書館を何だと思っているのかしら。ちゃんと、古賀先生に注意してもらわないと。」
そう呟いて、古賀の顔を思い浮かべて顔を赤らめる島田さんは、自身の席へと座り、先程まで見ていたアイドル雑誌を再び読み始めるのであった。
仕事はしなくていいのだろうか。
彼女は仕事の出来る人なのだ。
そのくらいの事で、とやかく言う者などいないのである。
そんなことはさておき。
こういうわけで、重清は現在、逃げていたわけなのである。
重清は「何でこんなことに」と言ってはいたが、よくよく考えてみると元の原因は、重清が町中を走っていたことなのではないのだろうか。
逃げる重清自身も少しだけそんなことを考えたりしたが、その現実から思考を逸らして背後から迫る斎藤に集中するのであった。
----あとがき----
次回、記念すべき100話目にも関わらず、こんな話の続き!!
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