第57話:必死のダッシュと現実逃避
重清は、町中を、ある場所に向けて全力で走っていた。
それはもう、必死に。
必死過ぎて、体の力を若干ながらも使っていたことに気づくこともなく。
その傍らでは、相棒である重清の具現獣、プレッソも走っていた。
あくまでも重清を追い抜かない程度のスピードで。
数分前に、聡太が見つけた死刑宣告、もとい、祖母雅からのメッセージに、聡太と恒久はただこう告げる。
「「行ってこい」」
と。
2人に、それ以外のことが言えただろうか。
彼らとて、忍者部に入ってもうすぐ1ヶ月。
重清と苦楽を共にしたという表現は、決して間違ってはいない間柄。
聡太に至っては、小学生の頃からの付き合いであり、重清はいじめから恩人でもあった。
それでも2人は、そう言うことしか出来なかった。
少し前に、大人(ノリ)に土下座までさせたであろう張本人が、重清に対して『今すぐ来な』というメッセージを送ってきたのだ。
「行くな」などとは口が裂けても言えなかった。
友人を見捨てる?違う。
重清は、術のことで悩んでいた。それを解決できる人物から呼び出されたのだ。
これは、重清のためなのだと、そう自分に言い聞かせて言った一言なのである。
2人の戦友からの言葉に、重清は絶望はしなかった。
彼らはそう言うしかないのだと、そう感じてしまったから。
だからこそ重清は、2人言葉にただ頷き、自身のコーヒー代も払わずに『中央公園』をあとにしたのだ。
そのくらいの復讐は、許されるだろう。
重清か店を出たあと、聡太は少しの沈黙のあと、口を開く。
「これで、良かったんだよね?」
「あ、当たり前だろ!これはあいつのためなんだから!それにおれ、こんなトコで土下座なんかしたくないぜ?」
「・・・・・・・・」
「あ、宿題、終わらせなくっちゃ!」
「っ!だな。あ、聞いてくれよソウ!おれちょっと、気になる子がいるんだけどさ。」
「っ!新たなるツネの犠牲者?どんな子なの??」
そうして2人は、宿題と男子トークへと集中することで、戦友が死地へと赴くという現実から、目を背けるのであった。
ちなみに恒久の気になる子は恒久のクラスメイトであったが、既に彼からのいやらしい目線に気付き、引かれているという事実に、恒久はまだ気付いてはいなかった。
そんな現実逃避はさておき、重清は走る。
死地、もとい、彼自身の力を高めてくれるであろう場所へと。
そんな重清の走っている姿を、たまたま見かけていた忍が丘2中陸上部顧問の斎藤が、後日猛烈に重清を陸上部へと勧誘することになるのだが、それはまた別のお話。
そして数分後、重清は雅の家へと到着する。
重清史上最速度であった。
重清の心の足取りは重かったものの、それと反比例して、現実には(無意識に)体の力を使ったことで早くついてしまい、重清はこれまでにないほど早く走れた自分の足を恨めしく思っていた。
(もう、一生走っていたほうがよかった。)
そんなことを考えつつも、重清は普段通りに家の中へと入っていく。
「ばあちゃーーん。重清だよー。」
するとすぐに、雅が奥から出てきて重清を出迎える。
「遅かったね。さ、こっちへおいで。」
そう言われて重清おプレッソは、雅のあとについて行く。
そのまま雅は、奥の部屋にある掛け軸の前で止まり、口を開く。
「さ、こっちだよ。」
そう言って掛け軸への向こうへと進む雅に、重清達がついて行くと、そこには雅との修行で使ういつもの広場ではなく、先程掛け軸のあった部屋があった。
「さてと。」
雅が畳に腰を下ろし、重清にも座るよう手で促してから雅が話し出す。
「あんた、術のことで悩んでるんだろ?なんでもっと早くあたしを頼らないかねぇ。」
「うぐっ。だって、ばあちゃんの修行、めちゃくちゃきついから・・・」
「まったく。あんたたちはあたしを何だと思ってるんだい。」
(何って、鬼ババァだよな?)
(プレッソ、よく言った!)
心の中でプレッソと会話しつつ、それを表情に出さないようにして重清が答える。
「何って、厳しくも優しいばあちゃんだよ。」
「そうかい、そんなふうに思ってるの、かいっ!!」
雅の言葉が終わるのと同時に、雅の姿が一瞬目の前から消え、直後に重清とプレッソの頭に雅のゲンコツが落ちる。
「まったく。あんたたちの心の会話なんて、あたしには盗聴できるんだよ!?」
「はぁ!?ばあちゃんそんなことまでできんのかよ!?」
頭を抑えて涙目になりながら重清が言うと、
「反則だ!このババァ、もう何でもありだぜ!」
そう叫ぶプレッソの頭に、再び雅のゲンコツが落ちる。
「ぐふっ」
その言葉とともに、プレッソは沈黙する。
「何でもありってのは言い過ぎだけど、盗聴くらいはわけないさ。これも、あたしの忍術の1つだからね。」
「いや、何でもありって言ったプレッソ、伸びてますけど。」
「おや、だらしのない。」
そういうと雅は、指を鳴らす。
すると、プレッソの上に水が現れ、プレッソが洗われる。
「目が覚めたかい?」
「!?は、はいっ!!」
プレッソが、先ほどの発言とは打って変わって、礼儀正しく返事をする。
プレッソは、場の空気と、相手と己の立場をわきまえる、物分かりの良い猫なのである。
「あんたたちと話してると、気づいたら話を脱線させられるよ。さて、早速だが重清、あんたは術のことで悩んでて、何か新しい術を身に着けたい、これは間違いないかい?」
雅のその言葉に重清は頷く。
「さっきも言ったが、あたしにはさっき見たいな盗聴の術がある。それだけじゃなく、他にもいろんな術がある。ほとんどがあたしが作った忍術さ。そんなあたしに教わったら、あんたでもすぐに術ができるかもしれないね。」
「ま、マジで!?」
「でも、今回あたしは教えないよ。」
「へ??」
雅の言葉に重清が間の抜けた声を出す。
「安心しな。今回、もっとあんたにぴったりな特別講師を呼んでいるんだよ。あんたたち、入って来な。」
そう言って雅が目を向けた先に重清が目を向けると、襖の向こうから出てきたのは、
「キミ兄ちゃんと、ユウ兄ちゃん!?」
重清の2人の兄、公弘と裕二であった。
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