第18話:祖母 雅
平八の告別式の翌日から土曜日となり、2日間はちょうど休日であった。
そのため重清は、目を覚ますと聡太に連絡を取る。
その結果、休んだ分の勉強をさせられるため、忍者部の部室に行く前に、『中央公園』で勉強させられることになってしまう。
そして早速、2人と1匹は『中央公園』へと向かう。
「そっかぁ、茜は技の試験クリアしたのか。」
『中央公園』への道中、聡太の話を聞いて重清は落胆する。
「うん。ツネはまだひとつもクリアしてないけど、心の試験クリア出来そうとか言ってたよ。」
その言葉に、重清は焦りを覚え、無言になる。
唯一ひとつもクリアしていなかったツネさえも、クリア目前の試験があるという事実に。
「ちょっと、どうしちゃったのさ?いつものシゲらしくない!」
笑ってそう言う聡太の言葉さえも、今の重清には届かなかった。
そんな重清の姿に、聡太は何も言えず、2人は『中央公園』へと到着し、微妙な雰囲気のまま重清へと勉強を教えて、部室へと無言のまま、2人と1匹は到着する。
部室に到着すると、アカがはしゃいでいた。
「聞いてよ!わたし、昨日の帰りに同級生に告白されちゃったの!やっぱりわたしは可愛いのよ!」
普段であれば笑って聞けるそんな話も、今のシゲにはただすこしイラッとする話でしかない。
ツネはツネで、シゲほどではないにしろ焦りを感じているためか、うんざりしたように話を聞いていた。
そんなアカの様子に、古賀が殺気を発しながら話しかける。
「へー、良かったねぇ。で、付き合うの?」
そんな古賀の様子にたじろぎながらも、アカは答える。
「全然タイプじゃないので、ソッコーで振りました!でも、そんなことは関係ないんです!わたしが男に見向きもされないなんて、あんな心の試験なんて、さっさとクリアしてやるんです!」
そう自信を持ってアカは答える。
そんなアカの様子に満足した古賀は、アカに笑顔を向けるのであった。
決して、アカがリア充にならなかったことを喜んでいるわけではないのである。
そんな周りの様子を見たシゲは、これまでに無かった焦りから、誰にも話しかけることなく試験へと赴く。
それを見たほかの部員も、重清の祖父が亡くなったことを古賀に聞いたこともあり、何も話しかけられずにいた。
技の試験に着いたシゲは、ケンに会釈だけして、試験に取り掛かる。
しかし、普段にはない焦りから、普段よりも試験に対する繊細さを欠き、手裏剣はまったく思い通りの場所にすら届かなくなっていた。
「クソっ、なんでだよ!」
シゲがイラついている中、遅れて到着したソウが、ケンから手裏剣を受け取って的のある方向へと手裏剣を投げる。
しかし手裏剣が的に当たることは無かった。
そんな様子を見たシゲは、一瞬の安心を感じたあと、そんな自分に嫌悪感を抱く。
(おれ今、ソウが出来ないのを見て安心した。最低だな、おれ。)
そんなことを考えながらも、忍力で的を認識できるよう集中しながら、シゲはソウの言葉を思い出す。
『なんとなく忍力は展開できてる気がするんだけど、どうにも人の気配とかそういうのが認識できないないんだよね~。』
そんなソウの言葉とともに、古賀の言っていたことを思い出し、シゲはあることに気付く。
そして、その事をソウに伝えようと考えて、思い留まってしまう。
そんな最低な自分にまた嫌悪感を抱いたシゲは、技の試験場を離れて、心の試験場に走り去っていく。
走り出すシゲの背を、ソウは心配そうに見つめていた。
シゲが心の試験場に到着すると、
「わたしは、モテるのよーー!」
という叫びとともに、アカが心の試験を合格したところであった。
「やった、わたし、全部クリア出来た!」
嬉しそうに言うアカを見て、ツネは悔しそうに
「くそー、次はおれだ!」
と、叫びながら心の試験場へと入っていく。
シゲとあまり変わらない状況のツネが、腐ることなく試験に挑戦している様子を見たシゲは、また自分への嫌悪感を抱き、心の試験を受けることなく体の試験場に向かう。
体の試験場にはノブ以外誰もおらず、シゲは試験に集中する。
しかしここでも上手くいかず、何度も岩を殴ることで手を痛めるシゲを見たノブに、試験を止められる。
「なんで止めるんですか!?早くクリアしないと!」
「バカ野郎!こんな手で、試験なんて受けさせられるわけないだろ!今日はもう、他の試験受けてこい!」
そうノブが怒鳴ると、視界がボヤけ、気付くと全員が社会科研究部の部室へと戻っていた。
「はい、これでアカ1抜けね。あと3日、アカは来なくていいから。次は、4日後にここに来てね。」
古賀は茜にそう言うと、そのまま部室を後にする。
帰り際、聡太が話しかけようとするも、
「悪ぃ、先帰るわ」
そう言って、重清はプレッソを連れて足早に部室を後にするのであった。
そんな自分にもまた、嫌悪感を抱きながら。
そして翌日の日曜も、重清の試験は散々な結果となってしまう。
そんな中、日曜日の時間ギリギリで、
「おれはムッツリじゃねー!ただのスケベじゃーー!」
という悲痛な叫びとともに、ついにツネが、心の試験をクリアする。
それを見たシゲは、さらに焦る。
(もう、おれだけひとつもクリアしてない。このままだと・・・)
そしてシゲは、誰にも話しかけずにそのまま帰宅する。
「プレッソ、どうしよう。おれ、お前と会えなくなっちゃうかも。」
家に帰る途中、重清はプレッソに話しかける。
「おれさ、自分がこんなになっちゃうなんて、思ってもいなかった。だいたいの運動はさ、それなりに出来てたんだよ、おれ。だから、この試験もおれならきっと大丈夫って、心の中で思ってた。出来ないって、こんなにきついんだな。」
そんな重清の言葉に、プレッソはただ、重清の頭の上で鼻を頭に擦り付ける。
「プレッソ、ありがとな。」
そう笑う重清であったが、心の中にはただ、焦りだけが募っていく。
そして試験残り2日となる翌日。
重清は聡太と部室に向かう。無言のままに。
聡太も、重清にどう話しかけていいかわからず、ただただ戸惑っていた。
そしてその日、誰も試験をクリア出来ることなく、また社会科研究部の部室へと戻される3人。
ひとり無言の重清に、聡太はどう声をかけていいかわからない。
そんな中、恒久は、
「くそー、あと1日!意地でもクリアしてやるからな!!」
と気合い十分な恒久を見て、重清は複雑そうな表情を浮かべる。
そんな重清に、どうしていいかわからないままに、聡太が声を掛ける。
「シゲ、シゲならきっと1日で全部の試験クリアできるよ!」
笑顔で言う聡太に、焦りが爆発した重清は言ってしまう。
「うるさいな!いいよな、お前はあとひとつだけで!」
そう言ったあと、自分が何を言ってしまったか気付いた重清は、無言のまままた部室を走り去る。
プレッソが、申し訳なさそうに聡太目を向けて、重清を追っていく。
部室を出た重清は、泣いていた。試験をクリアできないことに対してでは無い。
自分を励ましてくれた親友に、心にもないことを言ってしまったことに対して。
嫌悪感が、さらに募る。
忍者になれない、そんなことよりも、もう親友と仲直りが出来ないのではないか、そんな気持ちが、重清の心を埋めつくしていく。
(あぁ、おれもう最低だ。)
泣きながら、なぜが足は、平八の家へと向かっていた。
(そういえば、なんか辛いことがあると、いつもじいちゃんに泣きついてたな。)
そんなことを思い出しながら。
家に着くと、祖母の雅が、優しく出迎えてくれた。
「おや重清、よく来たね。ちょうどあんたを呼びに行くとこだったんだよ。」
「お使いなら勘弁してよ。今日は気持ち的にそれどころじゃ···」
そう言う重清の言葉を遮り、雅が話を続ける。
「わかっておるわ。重清、試験が上手くいってないんだろ?」
「そんなことじゃないんだよ。いや、元はと言えばそれが原因なんだけどさ。それに焦っておれ、聡太に酷いことを言っちゃって・・・」
そこまで言って、重清は気が付く。
祖母が今、『試験』と言ったことを。
「あっはっは!大事な試験を『そんなこと』って言ったね!そこまで友達を思いやれるなんて、あんたは本当に良い子に育ったよ。」
雅がそう言って笑う。
「ばあちゃん、いま試験って···」
重清がそう言うと、おもむろに雅から忍力が溢れ出す。
「我が忍名は雑賀(さいが)雅。雑賀の血を引く忍。あんたは、あたしの血を引いてるんだ!試験も友達との仲直りも、諦めさせはしないよ!」
そう言う雅の言葉に、驚いて口を開けたままの重清は、それでも心の中で思う。
(ばあちゃんって、こんなキャラだったっけ)
と。
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