雑賀の血
第17話:祖父 平八
小さい頃、兄ちゃんたちの帰りが遅く、両親も仕事だったから、おれはいつもじいちゃん家にいた。
じいちゃんは色んな所に連れて行ってくれたし、ばあちゃんはいつも優しかった。
よくじいちゃんの家に泊まっていたが、そんな時は決まって、じいちゃんがお話をしてくれた。
お話のなかでは、おれと兄ちゃんたちは忍者で、3人でいつも危険な任務に立ち向かっていた。
お話は絶対にハッピーエンドにはならず、3人が危機に直面したところでじいちゃんがこう締め括った。
「さぁ、3人はこの危機にどう立ち向かって行くのか。つづく。」
やっと、この続きをじいちゃんに話せると思ってたのに···
重清たちが平八の家に着くと、既にそこには数名の人がいた。
その中の1人が、父の雅司に話しかける。
「来たか、雅司。重清も、久しぶりだな。」
そう話しかけてきたのは、雅司の兄であり、重清の伯父にあたる、鈴木平太であった。
「兄さん、遅くなって悪いね。義姉さんたちは?」
「浩子は、色々と準備を始めてくれている。おれは役に立たないからって、こうやってお出迎えしてんのさ。」
笑いながら、平太が言う。
「平蔵は先に着いて、母さん連れて動き回ってるみたいだ。彩花ちゃんたちは、後で来るってさ。」
平蔵は、平太、雅司の弟であり、彩花は平蔵の妻である。
2人には、花と彩という娘がいるのだが、どうやら平蔵だけが先に来たらしい。
そんなことを重清が考えていると、平太が続けて言う。
「息子たちはさっき着いて、今親父んとこに顔見せに行ってるよ。公弘くん達もいるはずだ。重清も、行ってこい。」
平太にそう言われ、重清はひとり祖父の部屋へと向かう。
重清が祖父の部屋に入ると、久しぶりの顔が揃っていた。
その中でも、慣れ親しんだ2人に重清は話しかける。
「キミ兄ちゃん、ユウ兄ちゃん、もう来てたんだね!」
重清が話しかけたのは、2人の兄であった。
公弘は大学4年、裕二は大学1年であり、それぞれ家を出てひとり暮らしをしているため、普段は家にはいない。
そのため、久々の再会なのであった。
裕二は、家を出て1ヶ月も、経ってはいなかったが。
「よ。連絡来てすっ飛んで来たからな。中学生と違って、大学生は意外と空き時間あったりするからな。」
「兄さんはいいよね、4年なんだから。こっちは授業休んで来たってのに。」
公弘の答えに、裕二が不満を言う。
「そう言えば、ばあちゃんはどこに行ってるの?」
重清が聞くと、
「じいちゃん顔が広かったからな。今は色んなとこ飛んで回ってるんだろ。」
そう答えた裕二は、つづけて、
「それにしても、相変わらずじいちゃん、頭にタオル巻いてるのな。」
そう言って、苦笑いしながら平八に目をやる。
その言葉に、重清と公弘も苦笑いを浮かべる。
「まったくお前らは、こんな時でも変わらないなぁ。」
と、そんな3人に声をかけてきたのは、平太の息子であり社会人の、浩であった。
「浩さん、ご無沙汰してます。」
そう頭を下げる公弘の横で重清が、
「浩兄ちゃん?あ、太兄ちゃんも来てる。2人とも、遠くで就職してるんでしょ?来るの早かったね!」
と聞いていた。
一瞬不思議そうな顔をした浩は、
「あぁ、重清は今年中学に入学したのか。おれも太もたまたま仕事で近くにいたからな。」
と笑って答える。
その言葉に重清は、若干違和感を感じながらも、平八の隣で泣いている女の子と、それを慰めている太に目をやる。
「さっきから、麻耶がずっとあの調子でね。太はそれに付きっきりだよ。」
と、悲しそうな笑いを浮かべながら浩は麻耶と呼ばれた女の子に目をやる。
太は浩の弟であり社会人、そして先程から泣いている女の子、麻耶は、浩達の妹であり中学3年生である。
「こういうとき、麻耶ちゃんの方が正しいリアクションなんだろうけどな」
公弘が、麻耶を見ながらそう言うと、
「まぁ、じいちゃんの頭見ながら笑うよりは、よっぽど正しい反応なのは確かだな。」
と、浩は微笑みながら言って、太と麻耶に声を掛ける。
「2人とも、一旦じいちゃんから離れろ。公弘たちが挨拶できないだろ?」
そう言われ、2人は平八から離れ、重清たち兄弟が寝ているだけに見える平八に、別れの挨拶をするのであった。
「じいちゃん。ちゃんとエスプレッソ飲んだか?いつか、おれがあの店で奢ってあげるつもりだったのに。」
そう言いながら、涙を流していることに重清は気付く。
「あぁもう、泣いちゃったじゃん!泣かずにお別れしたかったのに!じいちゃん、おれもう泣かねーからな!あとは笑顔でさよならしてやる!だからじいちゃんも、笑って送られろよ!」
重清は、泣いた恥ずかしさを誤魔化すように、ひとり部屋を出ていくのであった。
その日は、そのまま解散となり、翌日は慌ただしく通夜があった。
さらに翌日。
告別式に来た重清たち兄弟は、遺影を見て吹き出しそうになる。
「じいちゃんの遺影、被ってるバージョンなのな。」
その裕二の言葉に、重清と公弘は笑いを堪える。
「これも、ばあちゃんの粋な計らいなんだろ?」
公弘が笑いながら言うと、
「お前らは、こんな時まで···」
そう言って浩が呆れる横で、太も笑いを堪えていた。
前日到着した花と彩、そして麻耶は、そんな男連中に厳しい目を向けていたが。
と、そんな時、前に座ったご婦人方の話が聞こえてきた。
「眉毛の濃い人って、禿げるって言うものねぇ···」
その会話を聞き、重清達だけでなく浩もたまらず吹き出す。
「もう、お兄ちゃんたち!不謹慎!」
麻耶が怒って浩たちに声を掛ける。
しかし、その麻耶も、そして隣にいる花や彩も、顔は綻んでいた。
「なんか、じいちゃんらしい葬式だな。」
誰ともなくそう言って、孫達は心の中で、改めて祖父に別れを告げるのであった。
その後、告別式を終えた重清は、兄たちや伯父伯母、いとこ達と別れ、両親と家へと帰っていく。
(っていうか、全然ばあちゃんと話せなかったな。ってか、ばあちゃんいたか?)
そう、疑問に思いながら。
しかし重清は気付いていなかった。
祖父の死により、忍者部の試験が残り4日となっていることに。
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