Kill Me, Kiss Me.
伽藍青花
Kill Me, Kiss Me.
暗い、廃ビルの一室。天井は開き、照明の代わりに月光が差し込む。中には瓦礫と――三人の人がいる。
一人は女性で、部屋の真ん中で倒れている。女性が着ている白いワンピースは破れていて、血で半分ほど赤く染まっている。しかし、その女性に傷はひとつもない。
一人は男性で、女性の手を握り心配そうにしている。怪我をしていて青いシャツが所々破れている。だが、浅い傷のため血は女性ほどついてはいない。
もう一人も男性で、部屋の隅でタバコを吸っている。この男性に怪我はなく、着ている黒いロングコートにも傷はない。隣にはトランクがあり、その上に
「苦しいよ、
「ごめん。
朱音が槇の手を握り返す。
「気にしないで。……私、槇くんといられて楽しかった」
「朱音……」
しばらくして、部屋の隅にいた男がタバコの火を消し、二人のそばに来た。
「辛いだろうが、時間だ」
「……待ってください! 本当に……絶対に殺さないとダメなんですか」
「ああ」
「でも、だって! ……彼女はどう見たって人間じゃないですか! どうしてそんなに急ぐ必要が……」
「認めたくない気持ちはわかる。だが、アンタだって襲われかけたんだろう? 吸血鬼化した彼女に。それに、彼女が吸血鬼に血を吸われてもう1時間が立つ。今は無理矢理人間の状態にしているが、彼女はもう吸血鬼なんだ。このまま放っておくワケにはいかねぇんだ」
「……じゃあ、その聖水で元に戻らないんですか? さっき、人間に戻していたじゃないですか!」
「言っただろう? 無理矢理人間の状態にしてるって。さっきは吸われた直後だったから吸血鬼の力を抑えて人間の状態にすることができただけだ。もうじきその効果も切れる。そうなれば、彼女は本当に吸血鬼になっちまう。そして、血を求めて人を襲う」
「じゃ、じゃあ! 僕が、僕の血を彼女に飲ませれば……」
「だめだ。もし適性があれば、アンタだって吸血鬼になっちまう。そうすれば、被害は二倍だ」
「なら! 僕に適性がなければできるんですよね!」
「できなくはねえが……。アンタはいつまで血をあげられるんだ?」
「いつまででもあげられる! ……それに、血が無くなりそうになれば、輸血でもするさ」
「俺が言いたいのはそこじゃねえ。アンタはいつまで生きるんだ、ってことだ。最近は寿命が延びているが、それでもせいぜい100年。アンタは若く見ても20歳だ。もって80年だな。だが、相手は吸血鬼だ。不死の王と呼ばれるように、寿命がない。永遠に生きる吸血鬼のたった80年。それが終われば彼女は血を求めて他の人間を襲うだろう」
「なら、その時に殺してくれれば……何も今殺さなくたって……」
「そのころには俺はもう死んでいるだろうな」
「あ……」
「それに、不死って言うのはそんなに甘くねえ。死にたくても死ねない。殺す方法はいくつかあるが、それも場合によっちゃあ、ただ苦しめるだけで殺せない時もある。それが不死ってもんだ。それに、アンタは彼女の気持ちを考えているか? 愛してる彼が自分の血を差し出して、弱っていく様を見る気持ちを。自分は老いないのに彼が老いていき、自分よりも先に死ぬ悲しさを」
「――っ!」
「これはアンタのためでもあり、彼女のためでもあるんだ。辛いだろうが――」
「ああ! 辛いさ! でも、だからこそ! 彼女を愛しているから、諦め、きれ……うっ、ぐすっ」
槇は涙を流しながら話していたが、堪えきれず、最後まで言うことが出来なかった。すると、横から朱音の弱々しい声が聞こえて来る。
「もう……いいんだよ。私は、誰も傷つけたくない。槇くんのことだって、傷つけたく、ないんだよ。……覚悟はできてる。だから、もう、泣かないで」
「朱音……」
「ねえ、お兄さん。私を殺す前に、彼に一つ、お願いをしても、いいかな」
「ああ」
男は一歩引き、タバコを出して火をつけた。
朱音は、一度深呼吸をしてから話を続けた。
「あのね、槇くん。最期のお願い。私にキスして」
「ああ、もちろん――」
二人は顔を近づけて、キスをした。
「えへへ、ありがと」
しばらく、朱音は感慨にふけていたが、男の方を向いて言った。
「お兄さん。お願いします」
「ああ。……これから行うことはアンタにはとても辛いことだ。見たくなければ、外で待っていてくれ」
「いえ、最期まで彼女のそばにいたいんです。ここで見てます」
「わかった」
男は呪文を唱えながら、
しばらくして、朱音がいた場所は何もなくなった。ただ一つ、朱音がつけていた指輪を除いて。
Kill Me, Kiss Me. 伽藍青花 @Garam_Ram
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