狐面の月

N.C

 背丈より高い姿見に映った美少女を見る。砂金のような金髪に、金塊をめ込んだような金瞳。耳は頭頂部からツンと伸びた狐を彷彿とさせるそれで、腰からはフワフワとした尻尾が垂れ下がっている。胸は服の上から見てもわかるほどに膨らんでいた。背は少し低いが、表情は大人びている。パッと見て、高校生くらいだろうか。

 見知らぬ美少女。だけど、僕は彼女を世界で一番よく知っている。

 時間は少し、遡る。思えば、あれは失敗だった。夏休みになるのに相変わらず遠出が許されなかった僕は、どこかに行こうと思って、前に見つけた山間やまあいの神社に向かったのだ。山間の神社は山麓からほど近い場所にあり、既に打ち捨てられている。興味本位でそこに行き、御神体らしき朽ち果てた狐面を被ったら、この惨状だ。被ったときは何もなかったのに、朝起きたらこんなことになっていた。

 僕は、純然たる日本男児だ。断じて、金髪金瞳の狐耳生やした女の子じゃない。でも残念ながら現実なんだなこれが。ナニコレ。

 姿見を見ながら、クルッと一回転する。肩まで伸びた金髪が踊り、垂れ下がった尻尾がふわりと浮いた。金髪が踊る光景は不可思議で、もう一度もう一度と続けて回った。なんだか、現実味がない。


「いつまでやっているおつもりですか」


「うおぉお!? いつの間にいたの!?」


 声のほうに振り向くと、部屋の端っこで年上の男性が正座していた。障子が開いてるから、そこからこっそり入ってきたみたいだ。

 彼は、僕の惨状を上から下まで見てから、深々と溜息をついた。


「ここの古文書には、かつてこの地は狐の妖怪が跋扈ばっこする魔境で、それを我が奥ノ院が調伏ちょうぶくしたと記されていましたが、思わぬことで信憑性が上がってしまいましたね」


 え、何その厨二病みたいな世界観。今じゃなかったらテンション上がってたかも。


「それで、総代からのお説教はどうでしたか?」


「親父にたっぷりとお説教されたの知ってるくせに。ところで、何か用事?」


「それは失礼しました。朝食をお持ちすることをご連絡しに参っただけです。すぐに調べ物に戻ります」


 そう言うと、断りの言葉を付け加えて、彼はそそくさと部屋を後にしてしまった。引き止める時間すら与えてくれない。

 残されたのは僕一人。自室とはいえ、こんな状況で取り残されてどうすればいいんだろう。せめて嘆きを聞いてくれる人がほしい、切実に。


「陽太だったら聞いてくれるかなぁ」


 腐れ縁の親友の顔を思い浮かべて、すぐに首を横に振る。間違いなく、奴はこっちの話を聞かずに騒ぐ。

 もう一度、鏡の前で一回転し、今度は微笑んでみた。目の前の年上美少女は、卒倒しそうな美しい微笑みを浮かべている。


「こんなのないでしょ……」




 供された朝食を口に運びながら、ぼんやりと障子を見る。そろそろ現実を見たほうがいいんだろうか。まだ大丈夫かな。夏休みも始まったばかりだから、猶予はいっぱいあるし。


「そういえば、陽太の家に行けないんだよなー」


 親父曰く、そんな状態で出ていったら余計に危険だろうとのこと。これは流石に正論だったから言い返せなかった。


「確かに、この状態で行ってもわからないだろうしなぁ。どうするかー……」


 そんなことを考えていたら、若干焦ったような様子で侍従さんがやってきた。


つき様。陽太さんがいらっしゃいましたが、通しますか?」


「うーん、タイミング良すぎないかな」


 噂をすれば影が差すとは、よく言ったもんだ。


「でも、今の姿を見せるわけにもいかないし……」


 どうしたものか。考えを巡らせていると、ふと関係ないことを思い出した。


「そうだ。部屋から姿見を取っ払ってくれない?」


「なぜでしょうか」


「現実見たくないから」


 頭の上の感覚とかお尻の辺りの違和感とか身体の前面にある重みとか、僕は知らない何も知らない。

 僕の即答に言い淀んだ侍従さんが、少しの間考える仕草をした。


「そうは言いましても……」


「お―――――い!!!!」


 玄関のほうから、陽太の怒号が聞こえてきた。これ以上考えている時間はなさそうだ。


「流石にこの姿じゃ会えないから、申し訳ないけど帰ってもらって。姿見の件も含めて、お願い」


「……承知しました」


 釈然としていない表情のまま、侍従さんが顔を引っ込める。軽い足音が遠ざかり、部屋がまた静かになった。しかし、すぐに慌ただしい足音が近づいてくる。この足音には聞き覚えがあった。

 障子が勢いよく開かれ、柱と当たってすごい音を立てる。


「お前、いつまで待たせる気だよ! いつもはすぐ、出て、あれ……?」


 怒りの表情でズカズカと入ってきた腐れ縁の親友が、僕の顔を見て首を傾げる。

 お互い、唐突な事態に固まってしまった。


「えっと、お姉さんはどなたです、か? 月ってやつ探してるんですけど、存じ上げません?」


 自信なさげな敬語で、陽太が尋ねてくる。確かに外見年齢上がってるからお姉さんって言われるかもしれないけど、お姉さんって。お姉さんって誰よ。


「あ、えっと……」


「も、もしかして月のお姉さんですか? あるいは親戚のお姉さんとか。……え、でも親戚でいきなり金髪ってあるかな」


 なかなかいないと思うよ!

 やっと事態に思考が追いついてきたので、単刀直入に真実を告げた。


「僕が月なんだけど……」


「はぁ……」


 これは十割信じてない声だ。なんか、僕だけが知ってそうな事実ってなかったっけ……。


「あ、そうだ。ベッドの下。ベッドの下にエロ本あったよね。いわゆるおねショタ系」


 そう言うと、また陽太が固まった。数秒の間を置いて、顔がリンゴ色に染まる。


「はああぁああ!? なんであんたが知ってんの!?」


「だから言ったじゃん月だって。前に行ったときに見つけたんだよ。中学生の嗅覚舐めんな」


 そう言っても、まだ陽太は疑ってるらしい。お膳を挟んだ反対側に座った陽太は、疑わしい眼差しを隠そうともせずに口を開いた。


「この前遊んだゲームは?」


「モン○ン」


「じゃあ、それで最後に狩ったのは?」


「二つ名ガ○ート。僕が跳躍して双剣でぶった斬ってトドメになったやつ」


「はぁ? 俺の竜○砲がトドメなんですけどー?」


「はぁー?」


 睨み合う。頬を染めた陽太が、両手で顔を覆って後ろに反り返った。勝利……!


「まだご飯食べてる途中なんだけど、食べてもいい?」


 姿勢が変わらないので、無言の了承と受け取って味噌汁の茶碗を手に取った。

 啜る。相変わらず美味しい。


「その耳ってコスプレ?」


 体勢を戻した陽太が、指の隙間から眼を覗かせて質問してくる。


「違うよ。なんか生えてきたの。あと尻尾もね」


 試しに、お尻に力を入れてみる。わさわさと音がしたので、たぶん動いた。陽太の顔が興味津々だ。


「触っていいか?」


「嫌だ」


 指の間から覗く瞳が、好奇心でキラキラ輝いてるように見えた。嫌な予感しかしない。強行される前に何とかしなくては。


「それで、疑いは晴れた?」


「それはもう晴れたさ。で、触っていいか?」


「断固として嫌だ」


 伸びてきた手を払い除け、お新香を口に入れる。口の中でポリポリと小気味いい音が鳴るのを感じながら、僕の油断する隙を狙っている陽太を警戒した。

 そんなバカみたいな攻防をしていたところで、十数冊の古めかしい本を抱えて侍従さんが部屋を訪れた。


「陽太さん。月様のお食事の邪魔をなさらないでください」


「あー、すまん。でも珍しくないか? 耳と尻尾が生えてるんだぜ!? しかも女になるっていうのは――」


「陽太さん。これは月様の落ち度とはいえ、尋常な事態ではありません。朝起きたらこのような姿になっていた。一度、自分に置き換えてどう思うか考えてみてください」


 冷然とした口調で突き放した侍従さんは、部屋の隅に本を置いてそこに座った。

 陽太が俯いて押し黙り、侍従さんは無言でページをめくる。自然、場の空気は重くなった。ど、どうにかしないと。


「そうだ侍従さん。何の本持ってきたの? 随分と古そうだけど」


「大昔の、まだ調伏組織だったころの奥ノ院で書かれた書物です。どこかに憑き物について記されていないかと思って持ってきました。それと、先ほど総代に会いましたが、総代も狐憑きについて過去の記録を漁ってみるそうです」


「そっか。ありがとう」


「礼には及びません」


 侍従さんは柔らかに笑うと、僕の後ろのほうに目線を向けた。振り返れば、まだお膳の前で陽太が俯いて考え込んでいる。


「……言いすぎてしまいましたか?」


「うーん、いいんじゃないかな。考えなしには良い薬だと思うけど」


 少し落ち込んだ様子の侍従さんを励ましていると、不意に陽太が顔を上げ、苛立たしげに頭を掻いた。


「まっっっったく、わからん。狐の女の子になるってどんな気持ちなんだ?」


「まぁ、それでこそ陽太さんと言えるでしょうね」


 諦め半分の語調で、侍従さんが陽太に手招きした。不思議そうな表情で近寄ってきた彼は、書物を見るや顔をしかめる。


「なんだこのボロい本」


「ボロいとは失礼な。ちょっとそこに座りなさい」


「えー」


 嫌そうな顔をしながら、陽太が僕の隣に座る。


「お二人にも、憑き物についての調べ物を手伝ってもらいます。よろしいですか?」


 その言葉に、二人して頷く。自分の問題なのに、他人に任せきりなのは申し訳ない。

 侍従さんから七冊受け取り、自分の目の前に置いて一番上のものを手に取った。ミミズののたくったような字を覚悟していたけど、予想に反して中身は割と見慣れた文字で構成されている。


「あれ、この書物読みやすいね。古そうだから読めないと思ってたんだけど」


「総代のお祖父様、月様の曽祖父にあたる方が編纂へんさんしたそうです。一応、これの原本もありますが、読まれますか?」


 今手に持ってるものよりもっと古そうな書物を手渡され、そっと中を覗き見てみる。ダメだ、さっぱりわからない。

 降参の仕草をして侍従さんに返し、再び書物を手に取る。読みやすいとは言ったものの、読んでみて文字だらけの中身にクラッときた。こういうのを読んでるとマンガが読みたくなる。悪の科学者と実験体候補のラブコメとか。

 一冊を半ばまで読み進めたところで、僕は七冊も受け取ったことを後悔した。僕よりこういうのに不得手な陽太は既に飽き始めているし、もうまともに読んでいるのは侍従さんだけだ。

 こっそりと、陽太の持ち分に自分の持ち分を重ねる。すると、書物から目を離した侍従さんが半分くらい回収してくれた。

 それから、持ち分の少なくなった書物を読み進める。全て読み終わる頃には、日は頂点を過ぎていた。しかし、結局のところその中に手がかりは発見できなかった。


「食事でもして、一回休みましょうか」


 侍従さんの提案に僕らは乗り、遅めの昼食を取ることにした。陽太は相伴しょうばんあずかるといって帰る気を見せなかったので、三人で侍従さんの作った料理を食べる。

 そこで他愛のない会話をしていたところで、ふと侍従さんの視線が僕の身体に注がれていることに気づいた。


「月様。これから洋服はどうしますか?」


「今までので問題ないし、そのままやっていくつもりだけど」


「下着はどうするおつもりで?」


「今まで通りでいいと思うんですけど……」


 僕の返答に、侍従さんから表情が抜けた。目が据わっていらっしゃる。


「いけません。実にいけません。装いも女性に合わせたものにしたほうがいいでしょう」


「いや、それは勘弁してほしいといいますか」


 なってまだ一日も経ってないうちに、そういう格好するのは抵抗感がある。女装じゃん。


「なにをおっしゃいますか。曲がりなりにも月様は女性になられたのです。相応の着衣をしていただかなければ」


 そういう侍従さんの目は真剣そのものだ。おふざけなんて欠片も見られない。だから返答に困った。


「あー、ご愁傷様」


「そう思うなら助けてほしいんだけど」


 投げやりな哀れみに文句を言っても、陽太は食事に夢中でこっちには目もくれない。


「と言っても、月様には抵抗感もあるでしょうから、下着の上は中性的な衣服を選ぶよう努めます」


 念押しするように、侍従さんが付け加える。配慮はありがたかったけど、言外に下着は女性用確定だと告げられて、思わず目眩がした。

 言うだけ言って、侍従さんは食事に戻っていく。新たな現実逃避の手段を探していたところで、ちょうど聞き忘れていたことを思い出した。


「あ、そういえば。陽太って今日はどんな用向きで来たの?」


 僕の質問に、魚の骨と格闘していた陽太が、やっと顔を上げた。


「あぁ、そういえば言ってなかったな。俺の叔父さんがここ最近、こっちに滞在してるんだよ。それで、ちょっと遠くの町で花火が上がるらしいから、俺と月と叔父さんの三人で行かないかって」


「わざわざ遠くまで見に行く必要ある? ここだって納涼祭のときに花火上げるでしょ」


「って言っても市販のちゃちい打ち上げ花火だろ? 遠くのは、湖の上から花火を上げるんだよ。カルデラ湖を囲むようにできた町でな。湖面に反射する花火が綺麗らしい。あと温泉もあるぞ」


「なるほどぉ……」


 露天風呂に入りながら花火を見るっていうのは悪くない。遠くまで見に行くっていうのは、正直魅力的だ。でも、大きな問題が二つある。

 断りの言葉を口にしようとしたところで、両手を打ち合わせた陽太が言葉を継いだ。


「それに、叔父さんに聞けばどうにかなるかもしれないしな」


「ん? どういうこと?」


「今思い出したけど、叔父さん民俗学だかなんだかって、津々浦々の伝承を集めてまわってるらしいんだ。だからもしかしたら、狐憑きについても知ってるんじゃないかなーって」


「それだ! ナイスアイディア!」


 あまりの良案に、思わずサムズアップする。しかし、そこであることを思い出した。


「確か、叔父さんって狐っ娘大好きじゃなかったっけ」


 言うと、魚の身をほぐしていた陽太が渋い顔になった。


「そうだった……。民俗学を専攻した理由も、狐っ娘に会うためだったっけ」


「なにその理由……」


 だとすると、僕が叔父さんの前に現れるのはマズいかもしれない。最悪、狐っ娘で居続けさせる方向性に舵を切りそうだ。


「一応、聞いてみるか?」


 ズボンからスマホを取り出しながら、陽太が言う。

 正直、叔父さんに現状を明かすのは得策じゃない。でも、難解な書物を漁ることに時間を費やすよりも、その道の専門家に聞いたほうが手っ取り早いんじゃないだろうか。


「そうだね。お願い。獣憑きになった場合の対処法って感じで、狐憑きになったことは伏せて」


「おう、わかった」


 陽太は何度か画面をタップすると、スマホを耳に当てた。部屋を沈黙が支配する。


「あ、叔父さん? 陽太だけど」


 どうやら、叔父さんが電話に出たらしい。陽太は僕の指示通り、狐憑きになったことを伏せて簡潔に現状を説明した。それから、いくつか頷き、悩むような仕草をしてから、電話を置く。


「叔父さんが、交換条件を出してきた」


「なに?」


「一緒に花火を見に行くことだと。実際に会って見ないとわからない、だそうだ」


「なるほど……」


 確かに、最もな意見だ。


「私情を挟まないことを約束させて」


「言ってみる」


 そう言って、置いていたスマホを手に取る。いくらか経ったあと、またスマホを置いた。


「あくまで民俗学的資料として扱うから、元から私情を挟む気はないってさ」


「わかった」


 それなら、僕としては是が非でも行きたい。湖に面した部屋を取ってもらって、部屋から花火が見られるだけでも最高だ。

 すっかり冷めた煮物を頬張る侍従さんに視線を向ける。まだ、大きな問題が一つ残っている。


「ってことなんだけど、大丈夫かな?」


 彼は口に入れた里芋を飲み下すと、丁寧に箸を置いてから口を開いた。


「おそらく、総代が許さないと思いますよ」


「ですよねー」


 予想通りの返答にゲンナリする。

 だけど、陽太は否定するように手を振った。


「でも、今回の場合は上手くいくかもしれませんよ。解決の糸口になるかもしれませんし。叔父さんにも、もうちょっと詳しく話を聞いてみる」


「ありがと」


「私も、総代に話を通しておきます。明日の朝方には、セッティングができるかと」


「ありがと、よろしく」


 朝方は事務仕事があるから、午後になる可能性が高いだろう。侍従さんなら、上手いこと交渉の場を整えてくれそうだ。

 そうこうしているうちに三人とも食べ終わり、侍従さんが全員分のお膳を片付ける。侍従さんが戻ってくるまでに古書の前に移動したものの、それらが放つ面倒くささのせいでなかなか手に取ることができない。結局、侍従さんが戻ってきて調べ物を主導するまで、僕らは古書に手を伸ばしてはフリーズする時代遅れの機械になっていた。




 翌日、午後。僕と陽太の二人は、離れにある親父の部屋へと向かった。奥ノ院は大きな屋敷なので、僕の部屋がある母屋とは少し距離がある。侍従さんに告げられた話し合いの場は、離れの一番大きな部屋だ。玄関の土間に草履を置き、奥へと向かう。畳敷きの大部屋には、しかめっ面の親父が待ち構えていた。親父の促しで座り、相対する。

 親父はすっかり総代の面持ちで厳粛な雰囲気を醸し出しており、それだけで威圧感が半端ない。その雰囲気に圧されながら解決策を説明し、回答を待った。


「ダメだ」


 予想通りの返答に、細い息を吐く。隣に座っていた陽太が、反論しようと姿勢を崩した。


「いや、もう月は十四歳ですよ? そろそろ子離れしたほうがいいんじゃないですか?」


「余計なお世話だ」


 陽太の進言に、しかめっ面がさらに深くなる。


「ダメだ。この街の外へ出ること、まかりならん」


「なんでですか!」


「ダメなものはダメだ」


 断固として、総代は譲らない。そして彼は、ワガママなど聞き飽きたとでも言うように溜息をついた。


「生憎と事務仕事が溜まっているのでな。そろそろ切り上げるとしよう」


「大して話してねぇじゃねぇか!」


 総代と陽太の口論を聞きながら、予想通りの展開に嘆息する。

 やっぱり、親父は許可してくれない。良くも悪くも、諦めはついている。


「いいよ。帰ろう」


「いや、そうは言ってもなぁ……!」


 いつものことだし、もう慣れた。それに、僕のことを思っての行動だろうし。そうに違いない。じゃないとやってられない。


「じゃあ、どうやったら外に出すんだよ親馬鹿野郎。このままずっと囲い込んでても埒明かないだろ。大学どうするんだ? あぁ?」


「確かにな……」


 顎に手を当てて考え始めた。でも、表情は悩ましげでも考えは固まっているかのような目をしている。たぶん、次の言葉は『それはそれ、これはこれ』だろう。わかりきった言葉を聞く前に退散してしまおう。そう考えたところで、木と木が当たるやかましい音が大部屋に響き渡った。


「そうだぞそうだぞお。ナイスだ陽太。流石は我が甥」


 騒音を出した元凶は、作務衣姿で頭に鉢金を巻き、胸まで顎髭を蓄えた男だった。また見ないうちに、髭がより豊かになってる。


「おい、陽光はるみつ。誰の許しを得てここに来ている」


「門前のお兄さんにニコニコ笑顔で案内されましたけどもー? けどもー?」


 叔父さんの飄々とした返答に、親父は額を押させて唸っていた。このことを知っている人は数少ない。十中八九、侍従さんだろう。

 そこから、話はトントン拍子で進んだ。専門家である叔父さんが解決することを確約し、それを条件に親父が外出を許可。安請け合いした叔父さんに連れられ、大広間を後にする。外出できることになったのは嬉しいけど、狐っ娘大好きな叔父さんが一切騒がないのが不気味だった。そう思いながら自室へ向かう道中、先導していた叔父さんが振り返り、僕を見つめる。飄々とした笑みが徐々に俗物的な笑みへと変わっていくのを見て、叔父さんに相談するという話になったときに考えた、最悪の予想が脳裏を掠めた。

 そして。


「さて、解決するって言ったけどな。あれは嘘だ。その姿から元に戻るなんてとんでもない!」


 叔父さんは、満面の笑みで最悪の予想を口走った。

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