3:冒険者たち その1
「ど、奴隷にしてぇっ!?」
真二郎は目を剥いて美姫を凝視した。
いきなり女性から奴隷にしてなどと言われたら、目が点になるだろう。しかも、あんまり冗談言わなそうな美人が真顔で。
奴隷にして何をすればいいんだ? 僕に何を求めてるんだ?
真二郎の頭の中にはクエスチョンマークと妄想ばかりが浮かんでくる。
「いや、ちょっとそういうプレイは――」
「魔力のないジャチクは他人の奴隷でない限り、手荒い扱いにされるって話なのよ。マオくんは魔術が使えるから大丈夫でしょうけど、私じゃ……」
「あ、そういうことですか」
「どうしたの?」
きょとんとした顔で真二郎を見る美姫。
思いっきり勘違いさせるような発言だったでしょ!
そう言ってやろうかと思った真二郎だが、真剣な表情を見てどうやら本気でわかっていないらしいと気づいた。
「あー、いや。奴隷にするっていっても、どうやればいいのかわからないし……。それが他人にわかるのかどうかも不明だし……。ゲームにはそういう設定なかったですよね」
SLOには奴隷どころかパートナーとかペットとか、そういう一緒に冒険出来る相棒みたいな存在がいなかった。それも人気が出なかった一因だろう。だいたい、普通はそういうキャラがゲームの基礎知識を教えてくれるものだ。
「なにか奴隷の印みたいなものはないのかな。首輪とかさ」
「リサーチ不足でわからないのよね」
「そっか……。わかった。仕方がないから奴隷ってことにしておこう。突っ込まれたら、まだ手続きしてないってことで」
「仕方ないかな。なにかあったらフォローよろしく、マオ」
まだ不安そうな顔でそう言われたら断れるわけもない真二郎である。
「しかし、いきなり『奴隷にして』なんて言われてどうしようかと思ったなぁ」
「え? あ……」
美姫はようやく自分の発言が意味したことに気づいたらしい。
「おおお、おかしなことは考えないで!」
「おかしなこと考えさせたのは坂城さんでしょ」
「だから考えないで!」
「そんなこと言っても想像させたのは坂崎さんだし」
「あー、もうっ! マオがそんな意地悪だなんて思ってなかった……」
それは坂城さんも一緒でしょ。堅物だと思ってたら、ゲーム好きだし、こなもんさんだし、可愛すぎだし……。
「あれ? そういや、僕のことマオって呼んでます?」
「あ、ついいつもの調子で……」
「いや、その方がいいですよ。じゃあ、僕もこな……」
さすがにこなもんはないかと思った真二郎である。
「ミキでいいよ」
「年上を呼び捨てはちょっと」
「どうせ年寄りですよ」
「そういう意味じゃなくて……」
「それに私はマオの奴隷なんだしね。呼び捨てにした方がらしいでしょ?」
「そうですね。じゃあ、その、えっと……ミキで」
思いっきり照れながら真二郎が名前を呼ぶ。
そんなことをしている間にも馬車はどんどん近づいていた。
よく見える距離になって、真二郎は思わず感動の声を上げた。
「おお、ファンタジーだ!」
「そうね!」
美姫も目を輝かせて馬車を引く生き物を見る。
それは馬ではなくて、恐竜と鳥を混ぜたような……いや、最近流行の羽毛恐竜という生き物だった。それが2頭、いや、2羽? 横に並んで馬車を引っ張っている。
馬車は4輪で、御者が前に座り、荷台には幌がかかっている。かなりの大きさがあり、5台で隊列を組んでいる。隊商というところだろうか。
さて、どうやって切り出そうかと真二郎が考えていると、馬車が止まり、向こうの方から男がひとりやって来た。
柔道家かプロレスラーを思わせる体格。首から二の腕の筋肉が盛り上がっている。ファンタジーはファンタジーでもヒロイックファンタジーだ。
ハリウッド映画でよく出てくる剃髪した黒人ボディガードをさらに一回りでかくしたような巨漢。それが革の甲冑を着て、抜き身の長剣を肩に担いでいる。もう襲われたら逃げるしかないし、逃げても生きていられる気がしない。
「よう!」
巨漢が陽気な声をあげた。
釣られて挨拶しようとした真二郎だが、巨漢の目が笑っていないことに気づいて動きを止めた。下手なことをしたら殺されると悟ったのだ。
巨漢はふたりをうさん臭そうに見ている。こんな何もないところに装備も荷物も馬もなく突っ立っていたらうさん臭いのは間違いない。
ただごとではない圧力に押されて、真二郎は愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「……こんにちは」
「こんなところでなにしてんだ?」
「えーっと、街に向かう途中です」
「そんな格好でか?」
「いや、荷物を全部奪われまして……命からがら逃げてきたんです」
そういう話にした。他にもっともらしい設定が思いつかなかった。空を運ばれていく途中で逃げ出して落っこちましたでは通らないだろう。
「ふうん……」
遠慮のない視線でじっくり見た後、巨漢は小さく右手を掲げた。馬車の方で動きが見えた。
「弓が引っ込みましたから大丈夫です」
美姫が冷静にささやいた。さすが元自衛隊。チェックすべきところはしてる。真二郎は矢で狙われていたという事実に今になって恐怖する。
「俺はベルゼルだ。この隊商の護衛をやってる」
「僕は間生いやマオです。こっちは……」
「奴隷のミキと申します」
美姫は小さくお辞儀をする。礼儀作法は同じなんだろうか? しかし、ベルゼルはおかしな顔もせずにふたりを見た。
と、そこにちょうど先頭の馬車が追いついてきた。ベルゼルが御者台の男に声をかける。恐らく、この隊商の責任者なのだろう。
「大丈夫ですが、どうします?」
「それなら乗ってもらっていいですよ」
「だそうだ。真ん中の馬車に乗りな」
「ありがとうございます。助かります」
真二郎は一礼して指定された馬車に向かった。
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