第二章 花降る雪

7杯目


 手鍋は強火でコトコトと。


 たっぷり空気の含んだ水を火にかけて、表面がぽつぽつ弾けたタイミングを見逃さずに、茶葉を入れたポットに注ぐ。そうすると、くるくる茶葉が踊りだすのだ。丸みのあるポットは先代から譲り受けた。ひっそりと、かわいらしいと思っていることはアゼリアは口に出したことがない。



 じっくりと茶葉を蒸らす時間は嫌いじゃない。砂時計を幾度かひっくり返して時間を計った。さらさらと砂が溢れる音が静かな小屋の中に響く。さてできた。茶葉をそのままにしておくと、どんどん味がかわってしまう。別のポットに移し替えて、それから、と考えたとき、カップの数に困ってしまった。



 カップは一つと、妖精用に指先ほどの小さなコップも一つ。



 ルピナスは茶葉の匂いをかぎながらもうっとりと寝息をたてていた。こんこん、と響いたノックの音をきいて、跳ね起きたのはルピナスだけではない。



 トレーの上には、いつの間にか、カップが二つ増えている。



「いらっしゃい」

「こんばんは」



 今日もまた、彼は手土産を抱えている。いつの間にか、それが当たり前になってしまっていた。なによなによ、と怒っているはずのルピナスは、アゼリアの頭の上を回って、誰よりも素早くクッキーを盗み取っていく。「あれ?」と、ディモルは首を傾げていたが、アゼリアは素知らぬふりをした。自分の身体よりも大きなクッキーを抱える妖精の姿は、中々見応えがある。それはさておき。



「ディモル様、今日もいい、お茶会日和ですよ」



 お決まりのご案内だ。




 ***



 雪の花が咲いている。




 この小屋には、南の道と同じように、土の精霊の加護がある。その上に溢れる雪は、落ちる度に弾けて、解けて消えてしまう。雪がひっそりと花開いているみたいだった。でも、まるでそれがアゼリア自身の気持ちを表しているかのようで、少しばかり悔しかった。



 決して、色めいた気持ちではなかったけれど、これほどまでに人と話すことは久しぶりで、その上ディモルは“特別”だ。さて、今日は彼は来るだろうか。次はどんな紅茶を出そうか、と保管箱の茶葉をいじるとわくわくして、そんな姿を見たルピナスがぶつくさ小言を告げるところまでがお決まりだ。



「先代とも、こうしていたんですか?」

「え? ああうん、そうだよ」



 ふとアゼリアが尋ねた言葉を、ううん、と考えてディモルは答えた。「いつからかな、十年はとっくに過ぎているな」と付け足された言葉に驚いた。てっきり、ディモルが城仕えをするようになってからだと思っていた。帰り道の途中にあったから、というわけではなくて、昔からの知り合いだったらしい。まだまだ知らないことがたくさんだ。と思いながらも、実のところ、彼らはいつでも“はじめまして”なのである。



 こんにちは、影です。こんにちは、ディモルです。


 そんなお約束の挨拶から始まって、野外の景色を楽しみながら少しばかりのティータイムと洒落込むのだ。



 ――――アゼリアは、なぜディモルがこうしてやって来るのかわからない。



 でもきっと、深く理由はないのだろう、と思ってはいた。もしくは、先代からの習慣を続けているだけなのだろうと。

 なんて言ったって、彼は彼女のことを、記憶にすら留めていないのだから。

 彼女はディモルが社交界の色男と呼ばれた理由を知らないから、勘違いをされやすい行動をする人なのだろうと思っているし、ディモル本人だって、なんでまたのこのことやって来たのかわからない。



 ただ、日記の自分があんまりにも楽しそうだったから、思わずやって来てしまった。


 それから“初めて”彼女と出会って、温かくて美味しい紅茶を飲んで、やっぱり来てよかったな、と思うのだ。あんまりにも何度も頻繁に通っているようだから、しっかり手土産を用意するようになってしまった。渡したものは、きちんと一覧にメモをしていて、次はまた違うものを、と考えている自分がいる。





 彼は、アゼリアの名前だって知らないのに。

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