第137話:縁は異なもの転がるもの②


 わたしことガワの人・アンリエットの元婚約者で、ランヴィエルの王太子であるレオナール・ド・ジャンシアーヌ。文武両道にして人格高潔、眉目秀麗という、完璧って言葉を擬人化したみたいなひとだ。そこは疑う余地もなく事実であると断言しよう。

 だがしかし。現実世界でもエトクロ世界でも、世間の人たちの想像と実像の間には、非常に深くて大きな溝がある。ひとつは少し表情が乏しくて、下手を打つと怖がられるレベルだということ。もうひとつは……今さっきのやり取りから分かるみたいにちょっと、いやかなり天然ボケで、しょっちゅう誰かからツッコミをもらっている小動物っぽいとこがある、ということ。

 (正直言って、メインキャラのみんなの中ではボケ担当なんだよねえ。可愛いけど)

 言うまでもなく、王子様ルートは乙女ゲームでは王道の中の王道。演じた声優さんは今いちばん人気のある人だし、パッケージにもいちばん大きく描かれていた。その事前情報にだまされてクールな性格だと思ったまんまプレイした人たちが、見た目とすさまじいボケっぷりとの温度差に轟沈したあげく、沼にハマってさあ大変状態になっていくのを、リアタイ実況SNSで見ていた我がオタ友を含む皆さんは恐れおののいたとか何とか……

 あ、殿下の名誉のために断っておくけど、ただほわほわしてるだけってわけじゃないんですよ?

 「ときにアンリエット、……イブマリー、の方がいいのか。その後ろにいる者たちに命を救われた、ということでいいか」

 「あ、はい」

 こっくりうなずいたところ、殿下はおもむろに立ち上がってわたしの横まで移動した。かと思ったら、みんなに向かって何のためらいもなくすっ、と頭を下げる。礼儀作法のお手本みたいな、とてもきれいなお辞儀をしたまま、

 「もっと早くこうすべきだった。彼女は国にとって、そして何よりおれ達にとってかけがえのないひとだ。言葉だけでは到底足りないが、改めて礼を言わせてほしい」

 「いや、そのように畏まらずとも……どうぞ顔を上げてはもらえませぬか。身の置き所に困りますゆえ」

 「すまない……アンリエット、君にも申し訳ないことをした。謝ってすむ問題でないと重々承知しているが」

 「いいえ、もう気にしないでください。殿下の立場だと迂闊に身動きとれなかったでしょうし、この通り元気にやってますので」

 毎回のごとく謙遜するショウさんに続いて笑顔で言ってみると、相手はまだまだ謝り足りなさそうな顔をしたけど、ややあって『ありがとう』と小さく頷いてくれた。

 そう、こういうとこ。相手が誰であっても――たとえ身分が低かったり敵対してるひとだったりしても、自分に非があれば素直に謝るし、助けてもらったら感謝できる。そんなまっすぐで誠実なところが、この人の最大の魅力だ。


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