第135話:王子が来たりて笛を吹く⑥
そういやグローアライヒの王子様って、一応ゲームに出てくるんだよなぁ。全シナリオをクリアしたあと、隠れキャラとして登場するらしい。らしいと言うのは他でもなくて、ライバル救済するために王太子ルートばっかりやりこみまくったからそこまで手が回らなかったのである。
オタク友達はこのひとがえらくお気に入りで、しきりに布教されたっけ……確かストーリーそのものも、おまけとは思えないほどしっかりしてて、ここでしか出ないキャラがいたりして、やりがいがあるとか何とか……
『ふぃっ』
「ん、なあに?」
『ふぃーふぃっ』
回想に浸ってたところ、リーシュがさえずって現実に引き戻された。窓辺にぱたぱた飛んでいくのを、完全に寝入ってしまったドゥードゥーをそっとクッションに乗せてから追いかける。
外は相変わらずいい天気だ。中庭には大きな噴水があって、水の飛沫が日の光にきらきらしている。眺める角度によっては虹が出てそうだ――と、思ったら本当に見えてきた。えっ?
「なんか急に虹が出てきた!」
「嫌な感じはしませんけど……」
驚いたことに、出ている虹はひとつじゃない。気付けばどんどん数を増やし、噴水の真上にいくつもいくつもかかって、リラの結界みたいな半球形になった。
ふいに、その虹が真ん中からふわっ、と広がって円を作った。ほぼ真上から見ていたわたしにはその向こう側、丸く切り取られた全く別の風景がよく見えていた。
(お城……?)
今いる離宮とは全く違う、高い尖塔がたくさんあるヨーロッパらしいお城だ。妙に見覚えのあるそれが、上から見下ろすアングルで虹の輪の向こうに見えている。そのまますーっと景色が下がっていくと、輪の中から聞こえてきたものがあった。高く澄んだ、フルートみたいな笛の音だ。
「あっ、誰か出てきた!」
虹の輪をくぐって現れたのは、ひとりの男性だった。歳は十代後半、日の光に輝くまばゆい金の髪に、そっと伏せた瞳は鮮やかに深い瑠璃色。襟のつまった騎士の制服のような格好に長いマントを羽織っていて、それが絵に描いたみたいによく似合っている。両腕を上げて横に構えた笛を、真剣な表情で吹き続けている。
その人が噴水の縁石に降り立って振り向く。すると虹の輪が地面と垂直に角度を変えて、すーっと後ろに下がっていった。そうしながら、さっきみたいにたくさんの人影を送り出していく。みんなきちんとお仕着せをまとって整列した、物腰からしてたぶん侍従とか侍女とか護衛の騎士たちだ。
そこまで見て、とっさに部屋を飛び出した。視界の端でみんなが仰天してるけど、説明してるひまはない。階段をかけ降りて廊下を突っ走り、中庭に飛び込むと同時に思いっきり叫ぶ。
「レオナール殿下!!」
弾かれたみたいにぱっ、と振り返った相手と視線がかち合った。これ以上ないくらいきれいに整った顔立ちの中で、蒼い瞳が真ん丸に見開いた――かと思ったらぼろっ、といきなり大粒の涙がこぼれ落ちる。おいおい!
「ええええ!? ちょっ、なんで泣くんですかー!?」
「……? 泣いているのか、おれは」
「泣いてます! もー、相変わらずのんびりさんですねぇ」
のん気に首をかしげて不思議そうにしている相手の顔を、取り出したハンカチでそっと拭いてあげる。大人しくされるがままになっていたけど、ややあってふっと淡い笑みが広がった。見ているこちらまでほのぼのするような、温かい表情だ。
「……うん、君も変わらず優しい。逢いたかった、アンリエット」
「はい、お久しぶりです!」
わたしの手をぎゅっと握ってそう言ってくれる殿下に、こちらも全開の笑顔で応える。周りに並んでいた人々から、わあっと明るい歓声が上がった。
――とまあ、そんなこんなで。わたしはガワの人・アンリエットの元婚約者と、いたって平和に再会を果たしたワケなんだけど。
どこか遠くで、置いて行かれたみんなが何ごとか叫んでいたように思うのは……たぶん気のせいだ、うん。
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