第6話:目覚めたら負け犬令嬢⑥


 「――おーい、戻ったぞ。お嬢さんの具合はどうだ?」

 また知らない声がした。顔をあげるより早く、二人ぶんの足音が駆け寄っていく。かと思ったら、


 すぱあああんっ!!


 「ぐはっ!? ちょっ、何すんだおい!」

 「アニキ遅い! 夜明け前には帰るって言ったじゃんかっ」

 「いや言ったけど! あれは何にも問題なく済んだら、俺の足なら多分このくらいっていう見込みの話で」

 「やかましい! ややこしい事態になったら謎の情報網と舌先三寸でどうにか出来るのってあんただけなんだから、無理でもなんでも戻っとくのが筋ってもんでしょうが!!」

 「理不尽だー!!」

 ……う、うわあ。なんかすごい言われようだ。

 入ってくるなり女子二人に平手でシバかれて文句を言われるという、なかなか可哀想な目に遭っている人。暗いトーンの銀髪に緑の目で、日に焼けた褐色の肌がよく似合うワイルドな雰囲気のイケメンさんだ。頭に飾りつきのターバンを巻いて、革の胴着に腕の籠手、さらに腰には大振りの短剣という格好に見覚えがある。これはあれだ、攻略対象にもいた盗賊シーフの装備だな。

 「ディアス、ご苦労だったな。無事に戻って何よりだ」

 「おー、帰って来るなりヒドい目みたけどな。そっちももう起きてたか」

 「ついさっきねー。名前はえーっと」

 そういえばまだ言ってなかった。こっちに目をやって首を傾げたリラに、急いで口を開こうとしたんだけど。

 「アンリエット、だろ? お嬢さん」

 「……へっ」

 何てことない調子であっさり言い切られて、マヌケな声が出てしまった。ちょっと待って、なんでもう知ってるの。

 固まるわたしの前で、一転して真面目な顔つきになった盗賊さんが懐から取り出したものがある。ずいぶん汚れているけど、羊皮紙を厚手の布で装丁した巻物だ。

 「俺んちは旅回りの一族でな、ランヴィエルにも一時期住んでたことがある。そのときいろいろ見聞きしたんだが――あんたが着てたの、あの国の罪人の服だろう? それでちょっと気になって、事故現場まで取って返して拾ってきた」

 ああ、そうだ。あれは王太子ルートの最後、崖から落ちる直前に映るアンリエットが持たされていたものだ。中に書いてあるのは確か……

 「中身も見させてもらった。名前はアンリエット・デュ・ラ・マグノーリア、三百年の歴史がある侯爵家の一人娘で今年十七歳。王太子妃候補リュシー・プリマヴェーラ殺害を企てた咎で身分剥奪、および国外永久追放の裁きが下ってる」

 いわずもがなだが、リュシーとは『エトクロ』ヒロインのデフォルト名だ。外見はふわふわした桜色の髪にアクアマリン色の瞳の美少女で、男でなくても守ってあげなきゃ! て思うくらいにものすごくイイ子。もし命を狙われたとなったら、なんとしてでも犯人を突き止めて断罪しよう、と周りが一致団結するくらいには。

 ついさっきまであんなに賑やかだったのに、いつの間にか部屋の中がしんと静まり返っていた。罪状なんかを聞いて動揺しなかったところからして、わたしの囚人服を見た時点で訳アリだと気づいてたんだろう。それでも見捨てずに手当てしてくれた辺り、皆さんそろって良い人すぎだ。


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