第13話 出会いとは作れる。
書き出しとはいつも悩む。が、ピタリと来る書き出しを見つけられれば、あとは勝手に言葉が紡がれていく。その波に乗れれば、量は書ける。
小説が面白くなる。あるいはつまらなくなるのは、書くという行為においてどのあたりからなのか。書き出しがピタリと感覚的に合ってもつまらなくなることすらある。
なら、書きだす前の段階、そう、コンセプトの時点で間違えているのか。
いや、名料理人はよほどひどい食材でもない限り、安物でも美味しい料理をそろえてくれる。
……やめよう。原因はどこにでも起こり得る。考えるだけ、時間の無駄だった。
なんでこんな事を考えていたのか。
さっさと目の前の二人に会話を始めて欲しいものだ。が、とりあえず場を整えるか。
凪と影山さん。
俺はこの二人を会わせることを選んだのだ。
自己紹介をさせて、さて。
緊張した面持ちの影山さんに。優雅にニコニコしている凪。
凪のお母さんが出してくれた紅茶。音一つ立てることなく一口飲んで、またニコニコ微笑む。
俺以外の前ではこんな顔するのか、こいつ。
「影山さん。影山さんには凪と仲良くして欲しくてさ」
「は、はぁ。えっ、えっと、私と友達、メリット、無いです」
「影山さんは損得勘定で友達付き合いするのか?」
「えっ、えっと、友達、いたことないので、わかりません」
やっぱりか。
気まずそうに窓の外に影山は目を向ける。
「何となく、予想してたよ」
「う、はい。遊ぶのは、悪い事、なので」
「馬鹿馬鹿しい」
「荒谷さん」
咎めるような視線が飛んでくる。
信者なら見逃して欲しいものだ。
でもまぁ、俺の頭の中でようやく影山さんのどこか狂った距離感とその詰め方が説明つくというものだ。
公園で一人遊びして、いきなり声かけてきた年上の軽薄そうな男の恋人になったり。
バイト先でくらいしか付き合いのない男をいきなり家に招いて、初めてをもらってくれって言ったり。
馬鹿だろ、と思っていたが、そうか。
「お前に必要なのは、彼氏じゃなくて、友達だよ。お節介だけど。小学校中学校時代、校庭ですら遊んだこと無いだろ、お前」
「はい。体育も、見学させられていました。その、ピアノとか、ヴァイオリンに影響出るので。体力づくりは、剣道で。でも、先生と一対一でしか練習したこと無くて、怪我しないように」
はぁ、それはまた。神経の使う生活だな。先生も大変だな、あぁ、でも、剣道も達人クラスになると、怪我させない打ち方を極めてるとかなんとか。
「影山さん……まどろっこしい。影山。いいか、お前は人との関わり方を覚えろ」
「べ、別に、人と関わったことがない、わけでは」
「あ?」
「荒谷さん。無意識に威圧するのは悪い癖です」
……また凪に、常識人の座を譲っていたらしい。
「関わったことがある。そりゃそうだ。だが、まず自分を大事にすることから始めたらどうだ?」
「大事に、してもらっていますよ?」
「自分で、って話だ。まぁ、とりあえず、凪と仲良くなってくれや」
「その、えっと、神代さん、ご迷惑じゃ」
「神代、ではなく、凪と呼んでください」
「は、はい。えっと、凪、さん」
凪は柔らかく微笑む。こっちまで落ち着くな。
「私としては、涼香さんのような美人さんと知り合えるというだけで、僥倖というものですよ」
「び、美人」
おぉ、面白いくらい真っ赤になるな。
「なので、私は仲良くしていただけると」
「あ、あ、お、お友達、から」
「はい。お友達から」
これじゃあ、どっちが年上か、わからねぇな。
「それじゃあ、あとは若い二人で」
「はい。また」
喫茶店を出る。むわっとした暑さに顔をしかめる。
例えば、誰一人、動物すらいない孤島で、自分を認識できるか。
無理だろう。恐らく。自己を定義するのは他者。自身の存在すら、他人に依存しなければならないというのは、個人的にため息を吐きたくなることなのだが。
俺たちはそれぞれ仮面を持っている。
相手によって、仮面を使いわける。
なら、影山は。
大人と関わり続け、顔色を窺い、機嫌を取り、大人しくしているという仮面だけは持っていた。たどたどしいながらも、言いたいことははっきりと言えるのもそういう事だろう。
だが、同年代と関わるために着ける仮面はどうだ? ついでに言えば立ち回り方も。
大人向けの仮面は、同年代には余所余所しすぎる。
「あとわからないのは」
影山はどうして習い事をやめて、バイトしているか、だな。
教育熱心そうな家なのに。よく許したな、と。
「荒谷さん、仲良くなれました。今度お出かけする約束ができました」
「そうか、それは良かった」
台所に立つ凪の所までわざわざ椅子を持って行く。詳しく聞きたい。
「他には?」
「そうですねぇ……わざわざここまで来なくても。私、結構声、通りますよ」
「この方がお互い疲れないだろ」
「まぁ。でも、他に話した事は無いので」
「そうか……親の事とか、聞いてないか?」
「初対面でそこまで深い話しませんよ」
確かに。少し焦り過ぎたか。
というか、他人の家庭事情を知ろうとしている俺もおかしいな。
「悪い。それと、短編は書けていない」
「はーい、じゃあ、食後に私とお楽しみですね」
「あのさぁ」
「はい」
「これ、どういう状況」
凪は今、俺の膝に頭を乗せて寝ている。
夕飯の明太子パスタを食べた後、凪は命令として膝枕を命じた。寝る方かと思ったらそういうわけではなく、今こうしている。
「そうですねぇ。荒谷さんにしている時、これ、どういう感じなのか、気になったのですよね。あっ、膝枕した時の感想書いてもらってない。うわー。失敗した」
「……枕の方が安眠性能は高いな」
「流石の男のロマンも、科学の力には勝てませんでしたか」
「好きな女にしてもらうなら違うんじゃないか」
「遠回しに、私には興味無いと言いましたね」
「三次元の女と付き合うのに興味ないだけだ」
「何かきっかけでも?」
悩む、きっかけ、明確なものがあるわけじゃない。かと言って、思い当たる事が無いわけでも無い。
「話すにしても、まとまりをもたせられないな。強いて言うなら、虚しくなった、かな」
「虚しく?」
「俺だって、好きな女がいなかったわけじゃないけど、みんな別の奴が好きだったり、俺とそういう関係になるのが考えられないだったり、むしろ俺のことが嫌いだったり。ね。
だから、他人にそういう強い気持ち向けるのが、馬鹿馬鹿しくなった。もしそいつが俺にその気がなかったら、ただの徒労だし。時間の無駄だし」
ゴロンと半回転、凪は真っ直ぐにこちらを見上げる。
「中学の時は、絆だ、友情だ、って先生は訴えるけど、卒業してもしばらく、それこそ成人式の直前まで、クラスのグループトークアカウントは動かなかったし、俺にわざわざ連絡をくれるような奴なんていなかった。
部活でよろしくやってたやつも、わざわざ連絡してこなかったし。あぁ、こんなもんなんだな、この関係は。ってなった。冷めた理由は、そんなところかな。意外とうまくまとめて話せた気がするよ」
凪は何も言わず、じっと見上げて来る。少し、気まずくなってくる。
「……凪?」
目をそらしても、視線を感じる。
見ていない分、ちょっとした身じろぎも、やけにはっきりと感じられた。
「荒谷さんは、自分から連絡、したのですか?」
「いや、してない。する必要も無いし」
「もし、寂しく思っているなら、それは荒谷さんの自業自得です」
「寂しく思ってないから、俺の責任じゃないな」
凪は、小さく笑う。そして、手を伸ばし、指で鼻を押した。
「寂しく無かったら、わざわざそんな風に思わない、違いますか?}
目を逸らした。
凪のたまに見せる鋭さは、苦手だ。
「そうかよ」
「拗ねないでください」
「お前、信者に片足突っ込んでるけど、信者じゃないよ」
「嫌ですか?」
「いや、全肯定は不気味だから、それくらいが丁度良い」
「なら、良かったです」
そこでそう言えるのが、信者染みてるとも言えなくもない。
指で鼻を押すのにはまったのか、やめる気配がない。鬱陶しいが、好きにさせることにした。
「ったく」
「ふふっ。明日も期待しています。あっ、今日も今やったことについて書いてくださいね」
「わかってる。……俺は君の期待を、結構裏切っている気がする」
「それでもです。私は信者に片足突っ込んでるので」
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