第81話

「とにかく逃げるぞ! オーガと違って、小回りは利かねえ! 狭い通路まで逃げ込めばそれまでだ!」


 ギランが叫ぶ。

 ルルリアもそれに頷き、〈魔循〉を高めて自身の速度を引き上げた。

 後のことは考えていられない。

 とにかく、今この場面を凌がねばならない。


 五人で、狭い通路へと飛び込むように入り込む。

 だが、安堵する間もなく、通路の両脇をゴリゴリと削りながら、修羅蜈蚣が突撃してくる。

 あまりに他の魔物と桁が違い過ぎる。

 

「ケタケタケタケタケタケタケタ!」

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 修羅蜈蚣の不気味な鳴き声に、ハームの笑い声が重なる。


「どこに逃げようと、無駄、無駄、無駄! 僕は君達なんかより、ずっとこの階層の通路に詳しいんだよ! 君達には逃げ場なんてない! あの男さえいなければ、君達なんて取るに足らない! 散々この僕を舐めてくれたツケを、返させてもらおうかなぁ!」


 ハームは修羅蜈蚣の顔の上で、手を広げて顔を突き出し、舌を伸ばしながら捲し立てる。


「どどっ、どうしますの!? どうしますの!? このままじゃ私達、間違いなく全滅ですわよ!」


 ヘレーナが悲鳴を上げる。

 

 ルルリアは黙ったまま、必死に打開策を考えていた。

 ただ、修羅蜈蚣は、まだ上手く行けば撃退できたかもしれないオーガとは訳が違う。

 まともにぶつかれば勝算はない。

 

「……私達にやれることなんて、そう多くないわ。二手に分かれて、片方の逃げる時間を稼ぐのよ。そうしないと、仲良く全滅することになるわよ」


 ヘレーナの背で、マリエットがそう口にした。

 

「安心しなさい。恐らく、動きの鈍い、私やミシェルのいる方が狙われることになるわ。……どうせ死ぬところだったんだもの。命くらい張ってあげるわよ。私はマーガレット侯爵家の者、恩も恥も知らないような真似はしないわ」


「だ、駄目ですわよ、マリエットさん!」


 ヘレーナが必死にマリエットの言葉を遮る。


「ヘレーナ……貴女」


「そういうので二手に分かれたら、絶対私のいる方に来るんですわ! 私、幼少の頃から絶対にそうでしたの! 失敗できない場面で貧乏くじを引くんですわ! ね、ね? 皆で一緒に逃げましょう? 諦めなければチャンスはありますわ!」


「……別に、見直さなくてよかったみたいね」


 マリエットはがっくりと肩を落とし、溜め息を吐いた。


「そ、そうです! 地下四階層まで上がりましょう! あの化け物の巨体なら、自重で階段では速度がかなり落ちるはずです!」


 ルルリアは思いついた案を口にした。


「ルルリア、忘れたの……? あの化け物、階段くらい難なく駆け上がれますのよ。地下四階層に降りようとしたとき、襲撃を受けたじゃない」


 修羅蜈蚣は、本来ならばもっと深部に潜んでいる魔物なのだろう。

 だが、ルルリア達は一度、地下四階層へと降りる階段の前で、修羅蜈蚣に襲われている。


 修羅蜈蚣にとって階層間を跨ぐことはなんてことでもない。

 巨体ではあるが、その怪力で通路を削って移動することもできる。

 容易に振り切る術はない。それがわかっているからこそ、ハームも襲撃の手先に選んでいるのだ。


「振り切るんじゃありません。階段で叩いて、修羅蜈蚣を撃退するんです! あの巨体で階段内では身動きがまともに取れませんし、自重のせいで動きも遅くなります」


 倒し切れるかどうかはわからない。

 だが、深手を負わせれば、追跡を諦めさせて撃退することもできるかもしれない。


「い、いやいや……それでも、あんなデカブツ正面から相手取るなんて、さすがに無謀ですわ!」


「いいこと言うじゃねえか、それで行こうぜ。あのクソ悪魔に粋がられてるのに腹が立ってたんだ。一泡吹かせてやろうぜ、どうせ地上まで逃げ切るのは無理だ」


 幸い、現時点から地下四階層までの階段であればそこまで遠くはない。

 地下五階層に出没するオーガを危険視していたが、暴走する修羅蜈蚣の前にわざわざ出てくるとも思えない。

 それだけはありがたかった。


 狭い通路でどうにか差を付け、ついには地下四階層へと上がる階段まで辿り着くことができた。


「ヒ、ヒヒヒ、随分、随分と頑張るねえ。でも、地上まで逃げられると、本気で思っているのかな? もう、息も絶え絶えじゃあないか。ここらが限界なんだろう? 諦めて、こいつの前に押し潰されていけよ! まあ、そう簡単には殺してあげないけどね。あの男……アインに、散々屈辱を味わわされたんだ! あの恨みは、君達で発散させてもらうことにしようかな。ヒヒ、人の恨みは、本人以外に返した方がずっと面白いんだ」


 ハームの笑い声が響いてくる。

 ギランは舌打ちを鳴らした。


「何が人の恨みは本人以外に返した方が面白い、だ。アインに手も足も出ねぇから、俺らで憂さ晴らししようと来ただけだろうが。それさえも、力が足りねぇから他の魔物頼みとはな。性格捻じ曲がってるのはわかってたが、クソガキみたいな性根なんだなテメェら」


「ヒヒヒ、何とでも言っているといい! 君達は狩られる側なんだよ! ぐちゃぐちゃに潰して、ゆっくり死ぬのを見届けてあげるよぉ!」


 修羅蜈蚣が勢いよく飛び込んでくる。

 ルルリア達が階段を駆け上がっているすぐ後ろの段差を、その大きな頭部が叩き潰した。

 ハームは修羅蜈蚣の頭部に張り付くように屈み、ルルリア達を見て、また甲高い笑い声を上げた。

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