第25話
レッドスラッグの出没エリアに到着した俺達は、〈Eクラス〉の班を探した。
無事に合流できれば〈Dクラス〉が行っていた妨害工作などの事情を説明し、カンデラから巻き上げた魔石を配って回った。
クラスの他の三つの班全てに配り終えた後は、互いの地図に記されているルートで帰ることにした。
そうして俺達は、教師達の待っている迷宮の入口部分へと戻った。
入り口部分では、エッカルトが落ち着きなく行ったり来たりしている。
魔導書を手にしているが、明らかにそちらに集中が向いていない。
「おかしい……とっくに戻ってきてもおかしくはないはずなのだが……。ただでさえ不利なのに、こんな調子ではまた上位クラスと差を付けられかねないぞ」
カンデラ達が真っ先に戻って来ると信じて疑っていないようだった。
「フフン、終わってみれば楽勝でしたわね! このヘレーナには、少々手緩い演習でしたわ」
「連中の妨害込みで、な。さっさとこんなドベ争いは卒業して、〈Aクラス〉の奴らとぶつかりてぇもんだ」
ヘレーナとギランが、自身らの帰還を知らせるように大声でそう言った。
トーマスが俺らの許へと向かってくる。
ヘレーナは自信満々に、保管していた火属性の魔石をトーマスへと見せた。
「戻って来たか。その魔石……間違いない、レッドスラッグのものだな。今回の演習……一番速かったのは、お前達の班だ」
「さすがに〈Dクラス〉の生徒が先に来ているかと思ったが、まだなのか」
カンデラ達がレッドスラッグを狩り尽くしたせいか。
恐らく、本当はカンデラ達が別の二班に接触し、乱獲した魔石を渡す手筈だったのだろう。
それがカンデラ達が俺達と衝突して魔石を全て失ったため、残る二班も予定が狂ったのだ。
エッカルトは俺達がトーマスへと報告するのを、真っ赤な顔で睨みつけていた。
俺と目が合うと、手にしていた魔導書を地面に叩き付ける。
拾うこともせずにこちらへと向かってきた。
「なっ、何故、貴様らが先に戻って来る! 有り得ない!」
エッカルトは大声で叫び、非難するように指を突き付けてくる。
「何が不満だ? エッカルト」
トーマスがエッカルトを睨み付ける。
「何が不満だと? 不満だらけに決まっているではないか! 不正があったのだ! 別の班なら、確かに有り得たかもしれない。だが、この班が真っ先に戻って来るわけがない! それが不正があったという証拠に他ならぬ!」
「ほう、それは何故だ? お前が何か、仕掛けていたからか?」
トーマスの反撃に、エッカルトは言葉を失った。
顔を赤くしたまま、しばらく黙りこくる。
その後、ギランを睨みつけて舌打ちを鳴らし、首を振った。
「……いい気になるなよ、トーマス君。たまたまそいつらは上手くやったのだが、フフ、他の班は、そう上手くはいかないかもしれんなぁ? 何せ、レッドスラッグの数には、限りがある。速さや順位など、ほとんどおまけに過ぎない。大事なのは、目標を達成できる班がいくつ存在するか、だ」
エッカルトがせいいっぱいの強がりを口にする。
トーマスはそれを無視し、顔を逸らした。
「劣等クラス如きが、図に乗るなよ。チッ、一矢報いたつもりか?」
エッカルトは露骨に機嫌が悪くなっていた。
今回の演習、〈Eクラス〉を貶め、〈Dクラス〉の完全勝利で終わるつもりだったのだろう。
次に戻ってきたのも〈Eクラス〉の班だった。
エッカルトは額に深い皴を寄せ、頬をひくつかせていた。
「なんだ、何が起きている……?」
三番目に戻ってきたのも、四番目に戻ってきたのも〈Eクラス〉の班だった。
エッカルトの顔は最初真っ赤になって怒っていたが、次第に青くなり、最終的には真っ白になっていた。
怒りのあまりか、歯を打ち鳴らしている。
「今回の迷宮演習、よく頑張ったな。不利を強いられている中、最高値に近い成績を残せた。もっとも、例年、迷宮演習はどのクラスも目立ったヘマをすることはない。ここでクラス点に大きな差がつくことは、滅多にないんだがな」
トーマスはそう言うと、エッカルトへと視線を送った。
エッカルトはトーマスを睨み返す。
「タ、タイムなんかさほど関係はない! 結局、魔石を持ち帰られれば点差は生じない……!」
そこで初めて〈Dクラス〉の班が戻ってきた。
「ようやく戻って来たか! どうしたのだね君達、随分と遅かったではないか! 時間も、最早ギリギリであるぞ!」
エッカルトが声を掛けると、生徒は浮かない表情で首を振る。
「その……俺達は、レッドスラッグを見つけられませんでした……」
「なっ、なんだと!? 見つからなければ、時間いっぱい探し続けろ!」
「すいません……これ以上は時間が。それに、怪我人もいます。体力も、持たないかと……」
エッカルトは俺達を振り向き、ギランを睨み付ける。
「貴様か! レッドスラッグを乱獲した、卑劣な者が劣等クラスにいるな! そうであるのだな!」
エッカルトが声を荒げる。
しばしの沈黙の後、ギランが「そりゃお前の作戦だろ」と呟いた。
さほど大きな声ではなかったが、静まり返っていたこともあり、その声はよく響いた。
エッカルトは歯軋りをし、ギランから目を逸らした。
次に来た〈Dクラス〉の班も、レッドスラッグの魔石を持っていなかった。
レッドスラッグはまだ全滅こそしていないはずだが、過半数がカンデラ達に狩られていたため、迷宮内に残っていたのはせいぜい三体ほどだろう。
レッドスラッグは素早い。
広大な地下迷宮の中で、たった三体のレッドスラッグを見つけ出すのは困難だったのだろう。
その後に来たのは、カンデラが勝手にくっ付いていた二班だった。
全員ボロボロで、デップがカンデラを背負って現れた。
その後にも、重傷者を背負う暗い顔の生徒達が続く。
「き、きき、君達、魔石は……? 持っているのであろう? 持っていると言え!」
エッカルトがデップへと詰め寄る。
デップは眉を顰め、申し訳なさそうに太い首を左右に振った。
「ないです……。その、すいません」
デップの様子に、〈Eクラス〉の生徒の中から笑い声が漏れた。
普段、〈Dクラス〉は散々〈Eクラス〉を馬鹿にしていたのだ。
こんな状況になれば、少しは意趣返しもしたくなるというものだろう。
エッカルトが、鬼のような凶相で俺達を振り返った。
その後、デップへと向き直る。
「私に、恥を掻かせる気か! この役立たず共め!」
エッカルトがデップの頬をぶん殴った。
デップが床に倒れ、背負っていたカンデラが投げ出され、壁に頭を打ち付ける。
茫然とする〈Dクラス〉の面子を差し置き、エッカルトはつかつかと俺達に歩み寄ってきた。
「不正だ! 不正! 今回の迷宮演習、何らかの不正が行われたことは疑う余地のない事実である! 今回の結果は無効である!」
「普段からせこいことばかり考えているからだ。裏目に出たな、エッカルト」
トーマスはエッカルトへそう言い、彼に背を向けた。
「演習は終わりだ。とっとと教室に戻るぞ」
トーマスが歩き出す。
俺達も彼の背に続いた。
「これで済むと思うでないぞ! 私の顔を、卑劣な真似で潰して……こんな……! 必ず後悔するぞ、トーマスゥ! 貴様らもだ、劣等クラスめ!」
エッカルトの吠える声を聞きながら、俺達はレーダンテ地下迷宮を後にした。
その日の授業の終わりに、トーマスは迷宮演習での結果を公開してくれることになった。
「クラスの数は奇数だし、まだ迷宮演習を終えていないところもある。色んな形で、不利なクラスが出ないように辻褄を合わせていくからな。ただ、〈Eクラス〉と〈Dクラス〉のクラス点の現状については明白だ」
トーマスはそう前置きしてから、剣を手にして傾け、魔法を使った。
「
空中に光の文字が浮かび上がる。
―――――――――――――――――――――
〈Dクラス〉:173【+4】
〈Eクラス〉:208【+69】
―――――――――――――――――――――
圧倒的に〈Eクラス〉が〈Dクラス〉を上回っていた。
クラス内に歓声が響く。
まさか、いきなりここまで綺麗に逆転できるとは思っていなかった。
「普通はそう簡単に覆らないんだがな。例年は全部のクラスに、だいたい五十点前後が付与される演習だ。しかし、どうやら連中は盛大な自滅をしてくれたらしい」
「トーマス先生っ! これってもしかして、大部屋卒業ってことですの!」
ヘレーナが嬉しそうにトーマスへと尋ねる。
トーマスは呆れたように首を振った。
「クラス点による寮替えは、年の半期か、学年が変わるときだけだと説明しただろう。頻繁に入れ替わられちゃ、準備にばっかり手間が掛かっちまうからな。一年の前半が終わるまでにこの順位を守り抜けば、寮替え成立だ。まだ、順位の逆転し得る行事は前期中に残ってる。鍛錬を怠らないことだな」
「そ、そういえば、そうでしたわね……」
ヘレーナは早とちりを恥じているらしく、顔を赤らめて顔を伏せた。
しかし、ほぼ不可能とされていた順位の逆転が、いきなり達成できたことには違いない。
「クラス点で負けてる以上、これまでみてぇに〈Dクラス〉が俺らを馬鹿にしにくることはねぇだろうな。煩わしい蠅が静かになってくれて嬉しいぜ」
ギランが笑いながらそう言った。
この学院では能力の優劣をクラスで表しているというが、それは正確ではない。
実際にはクラス点で表しているのだ。
そのクラス点で、今や〈Dクラス〉は〈Eクラス〉に敗れた。
今までのことを思えば、〈Dクラス〉の連中は俺達相手にまともに顔を合わせることさえ恥と思うだろう。
だが、それより俺は、クラスの皆で何かを成し遂げられたということの方が嬉しかった。
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