第24話

 ヘレーナの剣とデップの剣が、何度目になるかわからない衝突を見せる。

 力では僅かにデップが、速さではヘレーナが僅かに勝っている。

 実力はまったくの互角といったところだ。


 互いに相手の刃を弾いて間合いを取る。

 両者共に肩で息をしている。

 次で決着が着く。そういう予感があった。


「劣等クラスに、ここまでの使い手がいたとは……。エッカルト先生も、カンデラさんもマークしていなかった、下級貴族の女が、まさかここまで」


「私こそ、侮っていましたわ。ですけれど、クラスの仲間のためにも、ここで負けるわけにはいかないのですわ」


 俺とギランは、熱を込めて二人の戦いを見守っていた。


「……あの、アインさん、ギランさん、割り入って助けた方がいいんじゃないですか?」


 俺は静かに首を振った。

 俺達が横槍を入れてデップを倒すことはできるだろう。

 だが、それは、二人の戦いを穢す無粋な行為だ。


「チッ、ヘレーナの奴……ここまで実力を付けていやがったのか。俺と戦ったときは、力を隠していやがったな」


「ギランさん、あの……互角の勝負だから、それっぽく見えるだけではありませんか? 場の空気に呑まれていませんか? 確かにヘレーナさんは剣の腕はそれなりに立ちますが……ギランさんが一蹴したときから、多分大きくは変わっていませんよ?」


 ルルリアがギランへと声を掛ける。


「デップ・デーブドール……。デーブドール子爵家の次男だ」


 デップが改めて家名を名乗る。

 ヘレーナが僅かに目を見開いた。


「そう……貴方、デーブドール子爵家の人間だったのね……。噂はかねがね聞いているわ。あまり功績は立てていないし、ついている貴族派閥も大抵風向きは悪いのに、何故かいつも最終的にはそこそこいい立ち位置で終わっている、豪運の一族……」


「……それって、強いんですか?」


 ヘレーナの言葉に、ルルリアが無粋な突っ込みを入れる。

 ギランが真剣な表情で、ルルリアを目で制した。


「名乗るがいい、女」


「ヘレーナ・ヘストレッロ……ヘストレッロ騎士爵家の第一子よ」


「まさか、あの伝説の剣豪ヘブルナ・ヘストレッロの末裔……!? 道理で……!」


 ヘレーナは目を細め、ふっと儚げに息を吐いた。


「……に憧れて、父が付けた家名よ」


 ヘレーナの家は騎士爵だ。

 彼女は二代目であり、ヘストレッロ家の歴史は短い。

 ヘブルナ・ヘストレッロは三百年前の人物なので、ヘレーナと接点があるとは考えられなかった。


「なるほど……」


 何に納得したのか、デップは深く頷く。


「何ですかこの茶番……」


 ルルリアの零した言葉と同時に、二人が同時に斬り掛かった。

 剣が交差し、二人が硬直する。


 デップの身体が、床へと崩れ落ちた。

 激戦を制したのはヘレーナだった。


 ヘレーナは深く息を吐き、剣を鞘へと戻した。


「強敵でしたわ、デップ・デーブドール」


 こうして、カンデラ一派との迷宮演習での戦いに決着がついた。


「見事な戦いだったぞ、ヘレーナ」


「そ、そうかしら? ま、まぁ、なかなかの強敵でしたけれど、私には一歩及びませんでしたわね」


 ヘレーナはそう気丈に振る舞ってみせる。

 ギランも満足げに頷いていた。


 ルルリアだけが、腑に落ちなさそうな表情で倒れたデップを眺めていた。

 だが、すぐに首を振って表情を切り替え、顔を上げた。


「しかし、どうしましょう……。この、〈Dクラス〉の方々。ここは魔物だって出るでしょうし」


「放っとけばいいだろ。こんなクソヤロー共」


 ギランはカンデラの頬を踏みつけ、顔の向きを変える。

 白眼を剥き、涎を垂れ流していた。


「そう強くはやっていない。数人は、意識が直ぐに戻るさ」


 そのとき、カラン、と物音が鳴った。

 ギランが蹴飛ばしてカンデラの身体が傾いたため、持っていたものが揺れたらしい。

 目を落とせば、麻袋が腰に括りつけてある。


 ギランは麻袋を拾い上げ、それを紐解いた。

 中から、小さな赤い魔石が六つほど出てきた。

 レッドスラッグの火属性の魔石だ。


「チッ! こいつら、集団で挑んで速攻でガメてやがったな。もうレッドスラッグなんか滅んじまってるだろ」


「かなり早めに来てたんだな。まあ、全部のエリアを把握していれば、そのくらいの差は出るか」


「戦利品としていただいていきましょう。そのくらいの権利はあるんじゃなくって?」


 考えることがセコい……。

 だが、確かに、それくらいやっても罰は当たらないだろう。

 こっちは散々〈Dクラス〉にやりたい放題されて、迷惑を被って来たのだ。

 おまけに〈Dクラス〉が手を組んで乱獲したせいで、迷宮演習自体が壊れてしまっている。


「これはいただいておくか。エッカルトが狙っていたのは俺達だけのはずだが……一応、他の班の様子も見に行こう。積極的に他の班と干渉するなとは言われていたが、こうなった以上は今更の話だ。それに、このまま他の班が〈Dクラス〉の策略で全滅っていうのも、面白くないからな」


 俺はそう言って、奥の通路へ目を向けた。

 レッドスラッグの出没するエリアをうろついていれば、必死に捜し回っている他の班とも合流できるはずだ。


「今更ですけれど、ここまで一方的にやって、大丈夫だったでしょうか? また何か、報復を企ててくるかもしれませんね……」


 ルルリアは心配げにカンデラの顔を見つめる。

 カンデラの粘着質な性格は、ルルリアが一番理解していることだろう。

 それに、自尊心と選民意識の塊であるエッカルトが、逆恨みして何らかの報復を企てないとも限らなかった。


「来る火の粉は払うだけだ。心配しなくても、こんな馬鹿共に遅れは取らねぇよ。それにだ、今回、これだけ仕掛けて一切いいとこ無しで終わったんだ。力の差はわかっただろうよ。それがわからずにまた楯突いて来んなら、今度は二度とアインに顔が上がらなくなるまでボコボコにしてやらァ」


 ギランはカンデラの腹部を踏みつけ、彼の顔に唾を吐いた。


 確かに、カンデラは魔物の罠を仕掛け、数の利で俺達を叩きのめそうとしたのだ。

 それに失敗したのだから、現状カンデラが俺達に打てる手がそもそもなくなったと思っていい。


「とっとと魔石ばら撒いて迷宮演習を終わらせようぜ。突破時間も成績に関与するらしいからな。ハッ、退屈だと思ってたが、馬鹿が騒いでくれたお陰で、ちっとは張り合いができたじゃねぇか」


 ギランはそう言うと、地下一階層奥の、レッドスラッグの出没エリアへと向かう。

 俺達もそれに続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る