第16話

 模擬戦終了後のギランは、牙を抜かれた魔物の如く、すっかりと大人しくなっていた。


「……すまなかった。所詮は劣等クラスの奴だと見縊っていた。だが、言い訳の余地のねぇ敗北だった」


 ギランはがっくりと俺へ項垂れたまま、そう口にした。

 俺の背後で、ルルリアとヘレーナがほっと安堵の息を零していた。


「謝る相手は、俺じゃなくてヘレーナだろ? あいつに大怪我を負わせるところだったんだ」


「そっ、そうですわ! そう! そういう取り決めですもの、しっかりと謝ってもらいますわ! だって、本当に怖かったんですもん!」


 ヘレーナがここぞとばかりに捲し立てる。

 ギランに睨まれてびくっと身体を震わせ、また俺の背へとそっと身を潜めた。


「と……思ったけれど、その、やっぱりいいですわ」


 お前は一回は地雷を踏まないと気が済まないのか……?


「ヘレーナ、だったかァ?」


「あっ、はい……」


 ギランに名を呼ばれ、ヘレーナは一層と顔色を青くし、恐々と答える。

 ギランは床に両膝を突き、ヘレーナへと深く頭を下げた。


「悪かった……。俺の、八つ当たりだ」


「お、おい、そこまでしなくても……」


「いや、今ので頭が冷えた。みっともねぇ真似をした」


 ギランは俺へ自信満々で模擬戦を挑んで敗北したため、少しナイーブになっているように窺えた。

 プライドが強固な分、打ち崩された際には脆いのかもしれない。


「ま、まぁ、いいですわよ。アインのお陰で、幸い怪我は負っていませんし……それに、ここで付け上がっても後の反動が怖いですし……」


 さすがのヘレーナも弱っているところへ付け上がるのは危険だと学習したらしく、ギランへとそう返した。


「しかし、八つ当たり、と言ったな。何のことだ?」


「アインさん、そこまで踏み込まなくても……」


 ルルリアが俺を止める。

 だが、ギランは「つまらねぇ話だが、聞きてぇなら構わない。俺が一方的に喧嘩吹っ掛けたんだ」と切り出し、話し始めた。


「第三試験……試験官が、親父がぶん殴った貴族の知人だった。親父が他の貴族に喧嘩売りまくったツケが、俺のところに回って来たってわけだ。チッ、親父を恨む気はねぇが、みみっちい仕返しだ」


 ギランがこのクラスに来たのも、不当に点数を下げられたためらしかった。

 どうやら随分と、そういった嫌がらせや不正が横行しているらしい。

 人の採点するものだから、仕方ないと言えばそうなのかもしれないが。


「正直言って、入学成績なら〈Aクラス〉にだって届いていた自信があった。表立って何もできねえ馬鹿に足引っ張られて、劣等クラス……この〈Eクラス〉に放り込まれたんだ。今更このクラスで学べるもんはねぇと、そう思ってた。だが、まさか、得意な魔術無しの斬り合いで、こんな結果になるとはな」


 ギランの言う、〈Aクラス〉にだって届いていた、というのは彼の思い上がりではないだろう。

 実際、他の学生と比べて、明らかにギランは高い水準にある。

 剣技も素の身体能力も〈魔循〉も、そして魔技も、どれも他の〈Eクラス〉の学生とはレベルが違う。


「……王立レーダンテ騎士学院の卒業経歴は惜しい。それに、他のちゃんと権威のある学院じゃ、ここよりよっぽど贔屓はひでえ。だが、大事な三年間を潰すならと、退学も考えていた」


 王立レーダンテ騎士学院を志す貴族にとっては、不合格よりもむしろ〈Eクラス〉に入れられること自体を恥だと考えている者も少なくないようだった。

 トーマスも〈Eクラス〉に配属されたことが原因で辞めた学生も少なくないと、そう言っていた。

 ギランが不合格ではなく他のクラスから嘲笑される〈Eクラス〉に配属されたのも、嫌がらせのためだったのかもしれない。


 しかし、派手に負けてナイーブになっているにしても、随分と素直になったものだ。

 ヘレーナとの戦闘前後は、頭に血が昇っていて冷静ではなかったのかもしれない。

 模擬戦闘を眺めて、自分と対等に戦える者はいないと、そう確信してしまっていたのかもしれない。

 だとしたら、ヘレーナと戦っていた頃は鬱憤の最高潮だったことだろう。

 力任せの剣をヘレーナに振るい、危うく大怪我を負わせるところだったことの肯定はしないが、ただ、理解はできなくもない。

 そこへ強引に模擬戦闘に誘った俺も、一端を担ってしまっていたと言える。


「退学するつもりなのか? ギラン、お前はまだまだ強くなれる。勿体ない……とは思うが、正直止めることはできん。学院についてはお前の方が詳しいだろうし、散々悩んだ後だろうからな。お前の目標が、目指す先がここにないのならば、仕方のないことなのかもしれん」


 同じクラスになった相手が学院を去っていくというは寂しいものがあった。

 しかし、実際〈Eクラス〉の学生が自主退学するのは珍しくないと聞いていた。

 プライドの高いギランにとっても、このクラスにいることは堪え難いものがあるのだろう。

 それに、学びたいものが学べない、という大きな理由もある。


「いや……だが、気が付いた。このクラスで学ぶべきものがないというのは、ただの俺の思い上がりだった」


「ほう、それはいいことだ。辞めるのは、いつでもできることだ」


 ギランは再び床に膝に突き、俺に頭を下げた。


「お、おい、その頭の下げ方は止めてくれ。貴族の頭はそう軽いものじゃないと、言っていただろう」


「ああ、そう軽い頭じゃねえつもりだ! だからこそ、頼む……俺を、弟子にしてくれ!」


「弟子……?」


「そうだ! 俺に剣技を教えてくれ! 戦ってわかった、お前は、俺より遥かに高みにいる。見ていただけの奴らより、俺がずっとわかってるつもりだ!」


 弟子なんて、勿論これまで取ったことがなかった。

 人に物を教えるのが上手い方だとは、俺はとても思えない。

 それに、魔術や魔技なんかは、勝手に教えれば問題がありそうなものが多い。


「本当に俺なんかでいいのか?」


「勿論だ! 今日みてぇに、たまに打ち合ってくれるだけでいい!」


「それでいいなら構わないが……一つ、その、条件がある」


「なんでも言ってくれ! 金なら、家に用意させる! 親父も、話せば納得させられるだろう」


 ギランは唾を飛ばしながら、必死に俺へと訴える。

 そ、そんなに俺の弟子になりたいのか……?


 俺は頭を下げるギランへと、手を伸ばした。


「俺と、友達になってくれないか、ギラン」


 ギランは呆気に取られたように、ぽかんと口を開けていた。

 しばし遅れて、恐々と、俺の伸ばした手を取った。


「んなもんでいいなら構わねえが……」


「あらあら、あの凶狼貴族のギランが、少し照れていますの」


「あァ!? 困惑しただけだろうが!」


 よせばいいのにまたヘレーナがちょっかいを掛け、ギランに怒鳴られていた。

 ヘレーナはびくりと身体を震わせ、ルルリアの陰に隠れていた。

 ルルリアは迷惑そうにヘレーナをジト目で見ていた。


 これで俺に、三人目となる学院の友達兼、弟子ができた。

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