王国の最終兵器、劣等生として騎士学院へ

猫子

第1話

 アディア王国の地方部で起こった神隠し騒動。

 大昔に魔物災害で滅んでしまった廃村近隣で、行方不明事件が多発しているという。

 その元凶が潜んでいると目星を付けられている、廃教会地下の調査が今回の俺の任務だった。


 廃教会の暗い地下通路を進んでいると、人の気配があった。

 俺は鞘から剣を抜いて構えた。


 通路の先には大きな祭壇があった。

 痩せこけた男が、その祭壇の上から俺を見ていた。


 男は頭が禿げ上がっており、肌は青白く、生気を感じさせない風貌をしていた。

 だが、その真っ赤な双眸だけは、邪悪な生命力に滾っている。


〈死霊王グノム〉と、そう畏れられる人物に間違いなかった。

 元々は王国の研究機関に所属していたが、研究心から道を踏み外し、禁忌に魅せられた憐れな錬金術士だ。

 被害人数はわかっているだけで千にも昇る。

 姿を晦ましてから五十年以上が経っており、既に死んだ人物として扱われていた。


「我の真理の探究を邪魔するのが何者かと思えば……その恰好、騎士様か」


 グノムが俺を見て笑う。

 俺は答えず、グノムへの距離を詰める。


「おいおい、たった一人か? おまけに〈龍章〉無しではないか」


 グノムが嘲るように口にする。


〈龍章〉とは、上位騎士に授与される、金属製の徽章だ。

 胸部に必ず付ける必要がある。

 三種類あり、〈銅龍章〉、〈銀龍章〉、〈金龍章〉に分かれている。

 特に〈金龍章〉は王国騎士の最強の十人にのみ授与される。


 俺はそのようなものとは無縁だ。

〈銅龍章〉でさえ授与されたことはない。

 そして、これからもないだろう。


「小僧……我は、〈金龍章〉持ちを殺したことがある。ただの騎士となれば、数えていればキリがないほどにな。軽い調査のつもりできたのだろうが、クク、我とぶつかるとは不幸な小僧よ。この国に、我を裁ける者などおらん。殺したければ、今代の〈金龍章〉持ちを五人はここに連れてくるべきであったな」


 グノムの言葉を無視し、俺は地面を蹴って奴へと跳んだ。

 グノムは不可解そうに顔を顰める。

 俺の意図が読めないと、そういうふうだった。


「どうせ逃げられぬと踏んで、特攻して死を選ぶ、か。よかろう、ならば潔く死ぬがいい。お前に使うには過ぎた力であるが、見せてやろう。出でよ、アンデッドドラゴンよ!」


 巨大な魔法陣が展開され、そこから大きなドラゴンが姿を現した。

 ドラゴンの肉は腐敗しており、目玉がなく、ぽっかりと眼窩が空いていた。


 アンデッドドラゴンは知っている。

 死んだドラゴンを強引に蘇生させたものだ。

 生前の知性はなく、主であるグノムに従う人形となっている。


 ただ、その膂力と生命力は生前以上である。

 肉体がいくら破損しようが、敵へと喰らいつくことができる。

 特にこのアンデッドドラゴンはかなり大柄だ。


 全長五十メートル近くある。

 龍齢千歳に達している、龍の大貴族だ。

 龍は長命であり、年齢に体格、聡明さ、そしてマナが比例する。

 そのため龍界の階級は年齢で分けられているという。


「餌となるがいい、小僧。貴様の魂は永劫に救われることなく、アンデッドドラゴンの体内を彷徨い、苦しみ続けるのだ」


 俺は地面を蹴って跳び上がり、アンデッドドラゴンの頭へと剣を向ける。

 腕にマナを迸らせる。

 黒い輝きが俺の両腕に宿った。


 マナを用いて、膂力を強化する。

〈剛魔〉と称される技術だ。


「マナが目に見えるほど、濃密な〈剛魔〉だと……? それに、こんな邪気を帯びたマナ、我でさえ見たことがない!」


 俺の振るった剣で、アンデッドドラゴンの身体はバラバラになった。

 緑に変色した毒血が飛び交う。

 腐肉に骨、内臓が砕けたものが床に崩れ、広がっていく。

 ここまで〈剛魔〉にマナを掛けなくてもよかった、か。

 相手を高く見積もり過ぎたらしい。


「あ、有り得ぬ! 我の最高傑作を、たった一人で正面から打ち破れる人間など、この国にいるはずがない……!」


 俺は着地と同時にグノムに一閃をお見舞いした。

 グノムの斬り飛ばされた上半身が、教会地下の壁に叩き付けられる。

 衝撃で背中が潰れ、頭が割れる。


 だが、床に落ちたグノムは、まだ生きていた。

 その真っ赤な両目で俺を睨んでいた。


 この手の錬金術士は、不老不死を得るために自分の身体を弄っていることが多い。

 グノムもそのタイプだったらしい。

 だが、じきに息絶えるのは間違いなかった。


 この国にいるはずがない、か。

 だが、俺は同じことができるであろう人物を、俺以外にも三人知っている。


「有り得ん……有り得ん、こんな男が、このアディア王国にいるわけがない! お前は、お前は、何者だ!」


 グノムが叫ぶ。

 潰れた体で、必死に地を這いながら俺を見上げる。


 答えなくてもよかった。

 答える気もなかった。

 不要な会話は推奨されていない。

 ただ、死にゆく相手を前に、何となく口が開いた。


「名はない。ただ、〈名も無き一号アイン〉と、そう呼ばれている」


 俺の言葉に、グノムが目を見開く。


「アイン、だと? 伝説は本当だったというか……! 裏の騎士、王国の最終兵器……〈幻龍騎士〉! 教会暗部が禁忌を冒して造り上げた、存在を隠された四人の騎士……!」


 俺はグノムの傍まで行き、剣を掲げた。

 無論、トドメを刺すためである。


「ク、クク……真に〈幻龍騎士〉が実在したとは、王国も堕ちたものよ。お前も空虚な奴よ。名を持たず、色恋を知らず、全てを捧げても栄誉を得られず。そうして王国の兵器として、人としての喜びを何ら知らずに死んでゆくのだ」


 降ろす剣が、途中で止まった。

 何故止まったのか、自分でも理解できなかった。

 グノムと真っ直ぐに目が合った。


 すぐに剣を下ろしきった。

 グノムの頭部が弾け、脳漿が舞った。

 返り血を浴びながら剣を鞘へと戻した。


「名を持たず、色恋を知らず、栄誉を得られず……」


 グノムの言葉を反芻する。


 これまで考えたこともないことだった。

 任務に必要のないものはお前には不要だと、そう教わってきた。


「俺には、何もないのか……?」


 それがどう駄目なのか、俺にはわからなかった。

 ただ、漠然とした不安が俺の中で芽生え、広がりつつあるのを感じていた。

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