5
…って思ってたんだけど、結局睡魔には勝てず…
「…とき? そろそろ時間だから起きて?」
ほっぺたを突っつかれ、ゆっくり瞼を持ち上げた視界に、優しく微笑む翔真さんが映る。
いつから見られてたんだろう…
寝顔を見られるのは初めてじゃないけど、やっぱりちょっと照れ臭い。
「良く眠れた?」
『うん…』
頷いた俺の前髪をサラリと掻き揚げ、そこに翔真さんの唇が軽く触れる。
ちょっとだけ擽ったい…
「なら良かった。あ、バイト…七時からだったよね? 途中まで送って行くから、早めに出て何か食べて行こうか?」
言われて思い出した…
そう言えば俺、バイト終わりに賄い食っただけで、管理人のおじさんに貰ったアイス以外、何も食ってないや…
俺は一つ大きな伸びをすると、翔真さんが差し出してくれる手を借りながら、ベッドの上に身体を起こした。
「何が食べたい?」
『何でも良いよ』
「じゃあ…牛丼でも良い?」
『いいよ』
「よし、決まり!」
まるで子供みたいに顔を綻ばせ、ベッドから飛び降りる翔真さん。
ただ一緒に飯を食うってだけなのに、凄くはしゃいでいるように見える。
でも俺もそう…かな…
勿論、和人のことを考えれば、自分だけがこんなに幸せで良いんだろうか、って気持ちにもなるけど、それすら考える余地もないくらいに、俺の気持ちもはしゃいでいる。
俺は翔真さんの後を追うようにベッドから飛び出ると、着替えのためにTシャツを脱いだ翔真さんの背中に抱き着いた。
「あ、こら…、そんなにくっついたら着替え出来ないでしょ?」
苦情を言うけど、その口調は全然怒ってなくて…
布越しでは分からなかった、思いの外筋肉に覆われた背中に指を這わせた。
『スキ…』
恋する乙女じゃあるまいし、なに恥ずかしいことしてんだろって思う。
でも、言葉で伝える術を持たない俺には、そうする以外に方法が見つからなくて…
だから、俺の気持ちが少しでも翔真さんに伝わるように、何度も何度も背中に指を走らせた。
『スキ』って…
そんなことを繰り返しているうち、翔真さんがクルリと身体を反転させて、少し高い位置から俺を見下ろすように見つめた。
でもどうして…?
どうしてそんな泣きそうな顔してんの?
何の言葉もないまま、翔真さんの唇が俺の額に触れる。
ねぇ…、好きって言ってくれないの?
喉まで出かかった言葉を声に出そうとするけど、やっぱり出来なくて…
伝えたい言葉が、掠れた呼吸音になって唇の端から虚しく漏れ続けた。
「無理しなくて良いから…、ね?」
『でも…』
「それより、急がないとバイト間に合わなくなるよ?」
俺の頭をポンと叩き、翔真さんが新しいシャツを身に纏う。
どうしてだろう…
好きって言って貰えないだけで、こんなにも胸の奥がざわつくのは…
「行こうか?」
言われて我に返った俺は、慌てて財布とスマホをポケットに捩じ込むと、翔真さんの腕に自分の腕を絡めた。
一歩外に出てしまえば、手を繋ぐことだって難しいことを、俺は痛い程知ってる。
もっとも、好奇の目に晒されることも、汚い物でも見るような偏見の目にも、俺は慣れてる。
でも翔真さんはそうじゃない。
翔真さんを傷付けたくない。
俺は玄関のドアを出た瞬間に、絡めていた腕を解いた。
翔真さんはそんな俺に首を傾げたけど、俺達が恋人として付き合って行くためには、仕方の無いことだから。
あ、そう言えば自転車…
エントランスを抜け、通りに出ようとしたところで思い出した。
俺は翔真さんの袖をクイッと引っ張ると、駐輪場を指差した。
「あ、そっか…、無いと困るよね?」
『うん』
交通の便が悪い上に、自動車免許を持たない俺にとって、自転車は唯一の移動手段。
だから、このまま…って訳にはいかない。
『ちょっと待ってて?』
俺は自転車の鍵を手に駐輪場に向かった。
鍵を差し込み、スタンドを足で蹴ったところで、ハンドルを握る俺の手に、翔真さんの手が重なった。
「乗って?」
『えっ?』
「後ろ、乗って?」
先にサドルに跨った翔真さんが後ろを指で差すから、
『う、うん…』
俺は戸惑いながらも、後ろの荷台に跨った。
「あ、先に言っとくけど、俺、自転車なんて何十年かぶりだから、振り落とされないように、しっかり捕まっててね?」
えっ…、なんか心配なんだけど…
俺は大きな不安を抱えつつも、大きく頷いてから、言われた通り翔真さんの腰にしっかり腕を回した。
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