「何だ、お前かよ…」


薄ら期待をしていた俺は、電話越しに聞こえて来た、聞き覚えのある声に、ガックリと肩を落とした。


「何だって何よ…、ちょっと酷すぎなーい?」


「悪い悪い、ちょっと考えごとしてたから、つい…」


「ふーん…。あ! またあの子のこと考えてたんでしょー? ほら、一目惚れの彼♡」


「ち、ちげーわ!」


って、咄嗟に否定してみたものの、実際は図星で…


俺は人知れずた溜息を落とした。


「で? こんな時間に何の用だった?」


仕事の話にしては、思わずスマホを耳から遠ざけたくなるくらい騒々しいし、何より気になったのは…


「別に大した用でもなかったんだけど〜」


そう!

さっきからずっと気になってた、その口調だ。


「お前どこいんだよ?」


「え、今? 今丁度ドラクイ仲間の子達と飲んでて〜」


やっぱりか…


松下が週末ドラッククイーンだってことは知ってるから、今更驚きもしないが、普段は滅多に耳にすることのない松下の喋り口調に、嫌悪こそしないが、若干引いてしまう。


しかも、コイツ相当酔っ払ってる。


「でね、一緒にどうかな〜、って思って〜」


「はあ? 今から?」


電話越しに言われて、壁の時計を見上げると、時刻はもう間もなく深夜0時を越えようとしている。


いくら翌日が休みでも、この時間に出かけるのは考えもんだ。

何しろシャワーを浴びた後に着替えをするのは、面倒極まりない。


「せっかくだが、今日はやめておくよ。あ、明日の晩ならどうだ?」


それなら時間的ゆとりもあるし、俺の気持ちにも少しは余裕が持てる。


そうだ、今の俺には、酒でテンションの上がった松下の相手をしている余裕は、全くない。


俺の頭の中は、大田君が何故声を失ったのかという疑問と、それを超える容量の自責の念で溢れ返っているんだから。


「ちょっとだけでも無理?」


尚も誘って来る諦めの悪い松下に、


「悪い…、今日は本当に無理なんだ…」


詫びを入れた俺は、翌晩会うことを約束して、電話を切った。





松下との約束の時間は18時。


予定よりも一時間早く自宅を出た俺は、待ち合わせた駅近くのカフェに入り、見晴らしの良さそうな窓際の席に座り、甘めのアイスカフェラテを飲みながら、横断歩道を渡った先に見えるコンビニを見つめる。


もしかしたら、大野君にまた会えるかもしれない…


そう思って俺が指定した待ち合わせ場所だ。


ただそれも、俺に運があれば…の話で、どうやら俺にはその“運”ってやつがないらしい。


立て続けに二杯も飲んだカフェラテに、若干の胸焼けを感じる頃になっても、大田君が姿を表すことはなかった。


だいたい、昨日の今日で、自分に都合の良いことばかり起こるわけがない。


諦めて伝票を手に取ったところで、タイミング良くポケットの中でスマホが震えた。


松下が待ち合わせ場所に着いた旨を知らせるメールだった。


俺は急いで会計を済ませると、夕方を過ぎてもまだ茹だるような暑さの中、額に浮かぶ汗もそのままに、待ち合わせた場所へと向かった。


途中、もし松下がドラッククイーン然とした出で立ちだったら、最悪Uターンをしようかとも考えたが、ショッピングモールの入口を潜った先に立っていた松下は、普段のスーツ姿とは違って、少々派手目ではあるが、極々普通の格好で…


「悪い、待たせたか?」


俺が声をかけると、サングラスで表情こそ分からないが、唇の端を軽く持ち上げて笑った。


「で、今日はどこへ?」


時間と待ち合わせ場所は俺が決めたが、店のセレクトに関しては、松下の顔の広さを考えて、松下に任せた。


「それなんだけどさ…」


そう言って、松下は漸くサングラスを外し、胸のポケットに引っ掛けた。


「俺の彼氏…っつーか、彼女っつーか…、すぐ近くで店やっててさ…。でもこの所ちょっと色々あって、全然会えてなくてさ…」


「なんだ、ケンカでもしたのか?」


珍しく歯切れの悪い物言いに、すぐにピンと来た俺は、今にも泣き出しそうな顔を覗き込んだ。

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