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「ところで…、それは? 見たとこ、指輪でも入ってそうな箱だけど…」
俺の差し出したリングケースを指差し、彼が首を傾げる。
その仕草がとても幼く見えて…
俺よりも年下…だよな?
そんなことをぼんやりと考えてしまう。
「あ、まさかプロポーズとか?」
「えっ…? いや、これはその…」
無意識とはいえ、どうして、そんな物を彼に向かって差し出したのか分からない俺は、返答に困ってしまう。
俺は慌ててリングケースをポケットに捩じ込むと、上手い冗談も言えない自分自身に苦笑した。
すると彼はすっかり雨に濡れた顔を綻ばせ、よいしょ…とばかりに腰を上げた。
「なぁんだ、そっか…、残念」
「え…?」
「てっきりプロポーズかと思っちゃったよ(笑)」
身長は俺よりも少し小さいくらいだろうか…、見上げる視線が悪戯っぽく細められる。
「い、いや…、そんな…まさか…」
「ふふ、冗談だよ(笑) だって俺、ちゃんと恋人いるし。それに、お兄さん…俺の好みじゃないしね?」
「は、はあ?」
「あ、それともストーカーとか?」
「ち、違う!」
「もう…、そんなムキになんないでよ、冗談なんだから(笑)」
揶揄われてるんだ、と…そう思った。
だからつい、
「お、大人を揶揄うじゃないよ…」
なんて真面目ぶってみたけど、実際、見ず知らずの男か目の前にリングケースなんか差し出してきたら…って考えると、不信感が湧くのも頷ける話で…
俺は深い溜息を一つ吐き出すと、彼に向かって傘を差しかけた。
「家は? 近いのかい? もう遅いから、早く家に帰りなさい。親御さんだってきっと…」
心配しているだろうし…
言いかけた時、すぐ目の前にある彼の顔がクシャリと歪んだかと思うと、突然腹を抱えて笑いだした。
目の前で爆笑する彼に、大人気ないと思いつつも、つい苛立ちを感じてしまう。
「な、何がそんなにおかしい! 俺はただ君みたいな子が、こんな雨の中、こんな遅い時間にだな…」
「だーから、それがおかしいの! 俺、お兄さんが心配するような年じゃないし。それに…」
彼の、男の割には綺麗で、雨に濡れているにも関わらず暖かな手が、俺の手から傘を奪って行く。
俺はその光景を、まるでスローモーションでも見てるかのように、目で追った。
目が…離せなかった。
「もう雨降ってないし」
「えっ…?」
言われて見上げた空は、星こそ見えないが、ついさっきまでとは違い、雨雲一つない夜空で…
「本と…だ…」
「ね?」
「あ、うん…」
窄めた傘を彼から受け取り、ハンカチで軽く水気を取ってから、丁寧に畳もう…と思うんだけど、実は俺はこういった作業が大の苦手で…
「あれ…、おかしいな…」
どうしても綺麗に畳むことが出来ない。
適当でいいか…、どうせ干すんだし…
傘との格闘を断念しかけた時、
「貸して?」
彼の綺麗な手が、俺の手から再び傘を奪って行った。
「俺ね、こういうのけっこう得意なんだ」
その言葉の通り、彼は俺が悪戦苦闘の末あえなく敗北を喫した傘を、買った時のように綺麗に畳むと、満足気な笑顔と一緒に俺に差し出した。
「あ、ありが…とう…」
「いいえ、どういたしまして。っていうか、お兄さん不器用過ぎだし(笑)」
悪かったな、不器用で…
クスクス笑いだした彼に、恨み言の一つでも言ってやりたいところだが、ここで言い訳をしたって薮蛇になるのが目に見えている。
俺が、“超”が付く程不器用だ…ってことは、紛れもない事実なんだから。
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