それぞれの夏休み。
黄色い如雨露
第1話 オープニング
クーラーの効いた部屋で小説を読んでいた。佐藤多佳子の『第二音楽室』に収録されている『カルテット』に差し掛かるところだった。昼間から小説を読める夏休みを気に入っていた。私、斉藤凜は高校生活2度目の夏休みをいつも通りに終えようとしていた。
「姉ちゃん、宿題やんなくていいの?もうあと1週間しか残ってないんだよ。夏休み」
私には弟がいる。中学3年生で半年後に高校受験を控えている卓也だ。弟は私と違って恋人がいて、部活でも1年生の時からバスケ部でレギュラーを勝ち取り、なかなかに学校生活を楽しんでいる。まあ、勉強は人並みくらいといったところか。
「いいの。もうほとんど終わってるし」
「え、俺、姉ちゃんが勉強してるとこ1回も見てないよ?」
私は学生として最低限の勉強はする。それに、課題を先に終わらせておいて損はない。後で先生に追いかけ回される方がめんどうだ。
「あんたが部活に行ってる間に勉強してるんだよ。あんたこそ、課題終わってんの?受験生なのにほとんど部活漬けじゃん」
「俺はいいんだよ。最後の大会はこないだ終わったから、今からやるんだよ」
弟は少し不機嫌になった。最後の大会、弟は準決勝で敗退してしまったのだ。準決勝と言えば聞こえは良いが、ブロック大会なのでたいしたことはない。私の母校でもある卓也の学校は部活があまり強くない。もっとも学校の方は勉強に力を入れていて、進学率を上げるのに必死なので部活のことはあまり気にしていないらしい。
それにしても今から学校の夏休み課題をやるとして、間に合うのだろうか。どうせ、部活が弱いことも分かっていたのだから、最初から課題に手を付けておけば良かっただろうに。
「今からやっても間に合わないでしょ」
「知ってるよ。だから、今週の当番、俺の分も姉ちゃんやって。来週は俺が姉ちゃんの分もやるから。お願い!」
斉藤家では掃除当番、食事当番、風呂当番など家事を家族4人で分担している。確か、卓也は今週、食事当番ではなかったか。よりによって一番面倒くさいものを。
「あんた食事当番でしょ。せめて食べたいものくらいは聞いておいてよ」
「代わってくれんの?ありがとー。聞いとく聞いとく」
斉藤家は名前も平凡だし家族構成も平凡だ。もちろん父親と母親だけ特別なんてこともない。父親は保険会社で働くサラリーマンで、母親は中学校で非常勤講師として英語を教えている。ありがたいことに家族4人金銭的に困ったことは一度もない。大体2人とも帰ってくるのは19時半頃だから食事を作り始めるのは早くて18時くらいか。まあ、私の場合、今は夏休みだし帰宅部なので、暇だから問題はない。ひとまず、今日はカレーでも作るとするか。
「いただきまーす」
間延びした卓也の声で夕食が始まる。カレーの味は我ながら結構いける。私の家族は皆辛いものが大好きなので、いつもカレーは辛口だ。
「卓也、これお前が作ったカレーじゃないだろ。凜だな」
「げ、ばれた?」
ばれるに決まっている。卓也のカレーはもっとご飯が固いし、野菜は大きい。食べればすぐに私が作ったカレーだとわかる。
「課題が終わらなくて姉ちゃんに今週だけ俺の分もやってもらうことにしたんだよね」
「卓ちゃんまだ課題終わってないの?学校始まるの来週よね?」
「大丈夫だって。母さん。終わるって」
受験生だから課題の量は多いだろう。どうせ、終わりそうもなくて3日後くらいに、姉ちゃん手伝って、とか言ってくるのだ。毎年恒例だ。
「今度から学校の課題やらんかった奴に1週間、全部の当番を任せることにしようか」
「ええ、父さん。それじゃ、損するの俺だけじゃん」
今日も我が家は平和だ。
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