ソニア・ミザレットと輝く扉

レライエ

第0話プロローグ

 アタシはいつも夢見てる。


 寝てるときに見るアレじゃあない、そもそもアタシ夢とか見ない、眠ると真っ暗になって目を開けると明るくなるだけ。時間が早く進むってだけ、早く大人になるために、子供の時間を浪費するだけだよね。

 だから夢『を』見てるんじゃなくて、『夢見てる』。それって詰まり、現実を見ないようにするんじゃあないってこと。現実が入れ替わって切り替わることを見たいって願ってる、朝が夜になるみたいに、ガラッと変わるのを見たい。夢みたいに。


 今日もアタシは森へ出かける。


「あらノイジー、今日もお出かけぇ?」

 間延びした声のカサンドラおばさんが、アタシを目ざとく見付けた。「今日も森へ行くのぉ?」

「そりゃあそうだよ、見張ってなくちゃあ」

「そうよねぇ、今日もこんなに良い天気だし、森は気分が良いわよねぇ」

「聞いてなかったの? アタシは、見張りに、行くの」

「お弁当は持った? キノコや木の実を集める籠は?」


 呑気な猫人キャッティア、獣人の中でも直感が鋭いっていう割に、アタシの話を聞きやしない。アタシ、アタシの話を聞かないやつって大嫌い。


「いい、おばさん。アタシは毎日森へ行く、けどそれはピクニックのためじゃあないしクッキーの材料を取りに行くためでもない。そもそもあの、あんたたちが『クッキー』って呼ぶした生焼けの塊はアタシ、嫌いなんだよね」

「あらあら。パイの方が良かった?」

「パイも嫌い」

 カサンドラおばさんは髭をピクピクと震わせて笑った。「笑い顔も。アタシを見て笑うのって嫌いだよ」

「嫌いなものばかりねぇ、ノイジー」


 当ったり前じゃん。

 アタシは嫌い。カサンドラおばさんも彼女が作る料理の数々も、川辺に父さんが建てた丸太小屋も、そこで食べた藻のスープも、【皮繋ぎ】の犬人ドギィボギーが作ったアタシのブーツも、黄色い太陽も泣きケヤキの葉も金木犀の香りも、皆みぃんな大嫌い。おばさんの『クッキー』と一緒、この世界はどうにもこうにも味気ない。

 きっとを食べないからだ。父さんの本に書いてあった、では皆ニクを食べるんだって。味も色々あるらしい、味を付けるためだけの食べ物だってあるらしい。何でもかんでもピリピリの実みたいに辛くするんだろう、きっと。水だってもしかして、逆さ塔の魔術師たちみたいに色を付けて飲むんだろう。


「はいはい、それじゃあ気を付けて。帽子狼や騒ぎ蜂じゃあ貴女を止められないでしょうけれど、噛まれたり刺されたりは、嫌いでしょう?」

「クッキー程じゃあ、ないけどね」


 おかしそうに笑うカサンドラおばさんに、アタシは更にむかついた。笑われるのが嫌いだってアタシ、この猫人キャッティアに何回言ったっけ?

 まあ何回でも良い。一回は最低でも言ったしそれならもう何回だっておんなじだ。


「とにかくアタシは森に行く、扉が開いたらアタシ、もう行くからね」

「開かないよ、あの扉は」

 カサンドラおばさんはほんの一瞬だけ、まあまあ嫌いじゃない雰囲気で言った。「閉じてあるからね、開かないように」

 他の扉とは違うんだよ、とカサンドラおばさんは笑いながら言った。「開くところが見たいなら、そうだ、北にある【晴れずの湖】に行きなよ。彼処は毎日、雷がされるからさ」

「やだよ、あそこじゃあアタシ、くぐれないじゃん」

「くぐるんじゃないよ、此処を出てどうするんだい? 貴女、外は嵐だって聞いてないのぉ? 此処みたいに穏やかじゃあなくて、鉄と煙の嵐なのよぉ?」

 ふん、と鼻を鳴らす。「その閉じた奴、アタシ嫌い」


 それきりアタシはカサンドラおばさんに背を向けて、森へと歩いて行く。未練はない、これ以上聞きたい話なんて何にもない。

 だってどう考えても。


 









 その扉はずっと、森の奥にあった。


 昔からあるって聞いたことある、少なくとも七年前、アタシが生まれたときにはもうあった。

 不思議な扉で、周りには何の建物もないのに何故か、扉だけが突っ立ってる。まるで、家を建てるのに扉だけ作って満足してしまったような、そこで投げ出してしまったような、そんな感じにぽつんと扉だけがある。

 扉の表面には綺麗な彫刻が掘られてる。騎士っていう何か、重そうな服装の集団がお城の前に集まってる絵だ。城のとんがった塔にはドラゴンが巻き付いていて、ずんぐりむっくりな集団をぎょろりと、こいつらはどんな味だろうって感じの目で、見下ろしている。


「かっこいいなぁ」


 竜は見たことない。竜は他人を下に見るのが好きだから、火山の頂上とかそういう、アタシが行けないようなところにばかりいるんだ。まあ、あれだけ大きなトカゲがお隣さんだったら、くしゃみで家が吹っ飛んじゃうだろうけど。

 この、騎士って連中も悪くない。持ってる棒みたいなのも格好いいし、四角い服も馬鹿馬鹿しくて良い。それにこいつらどの誰も、全然笑ってないし。


 ぐるりと扉の周りを回る。


 四角とか三角とか色々な形を組み合わせて縁取られた表に対して、裏面は、割れた黒曜石みたいにつるつるしてる。

 触ると、それこそホントに石みたいに冷たくて、時々熱かったり震えたりしている。表の勇ましい絵も好きだけど、こういう何もないのって結構好きだ、だって何もないんだもん。

 アタシはもう一度表に戻ると、地べたにあぐらを掻く。この姿勢で見上げる扉、これがアタシは大好きだ。


「でもやっぱり、開くとこ見たいなぁ」


 そして、その向こう側。

 ここじゃないどこか。

 アタシはそれを夢見てる。この扉が開いて、アタシが行けないような所へ行くその日を、ずっとずっと夢見てる。


「♪~♪~♪~」


 鼻歌を歌いながら、アタシは今日もじっと待つ。待つのは嫌いじゃない、父さんが良く言っていた。高く跳ぶためには、深く沈まなくてはならない。

 今は沈んでるんだ、高く跳ぶために。


「それに何だか、今日は、何かが始まりそうな気がするんだよね」


 ほら、とアタシは扉を指さす。ほら、淡い光が――。

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