第262話 ゲスモブ、急展開に混乱する

「ふぁっ? 冗談だろう!」


 皇竜からマンハッタン島の行方を聞いて、思わず叫んでしまった。

 マンハッタン島は、東京ダンジョンの十五階層にあるらしい。


「冗談だと思うならば、自分で見てくるが良かろう。異空間収納の力を使えば、どこにでも潜り込めるのじゃろう?」

「そりゃそうだけど……って、ちょっと待て、それじゃあ二百万人もの人間を魔物に食わせるつもりかよ!」

「ふははは……ヨシヒトよ、我とてもそこまで鬼ではないわ」

「でも、銃が使えないダンジョンの中じゃ、普通の人では生き残れないだろう」

「十五階層はセーフエリアとした」


 皇竜の言うセーフエリアとは、魔物が湧いて出ない安全地帯を指すらしい。

 安全地帯といっても、マンハッタン島には悪名高きニューヨークのスラム街が存在するし、必ずしも安全とは言い切れないだろう。


「まぁ、それでも、こんな異常事態ならば協力しあうか」

「ふふっ、やはりヨシヒトは平和な国で生まれ育っただけのことはあるな」

「げぇ……その言い方だと、すでに略奪とかが始まってんのか」

「当たり前じゃ、人間なんぞ獣に毛が生えた程度のものじゃぞ」


 俺の脳裏に浮かんだのは、異世界の兵士たちに凌辱されていた坂口の姿だ。

 あれと同じような光景が展開されているかと思うと、気が滅入ってくる。


「心配は要らんぞ、メスにはスキルを与えた」

「えっ、女性だけ魔法を使えるようにしたの?」

「こうしたケースでは、オスが力で支配しようとするものじゃからな。それでは面白くないじゃろう」


 皇竜が言うには、マンハッタン島に残されている女性には、スキルオーブと同等の魔法が使えるようにしてあるらしい。

 つまり、男は肉体パワーは使えるが、ダンジョンの中なので銃火器は使えない。


 女性はパワー勝負では分が悪いが、魔法という武器が使えるという状況らしい。


「まぁ、それならば、アメリカ軍の攻略チームが到着するのを待てば良いのか」

「ヨシヒト、そんな悠長なことを言っていられると思っているのか?」

「えっ、まだ何かあるのかよ」

「マンハッタン島は丸ごとダンジョンの中へと移動させたから、人や建物には問題は無いが、電気や水道は通っておらんぞ」

「あーっ! そうか、そりゃそうだよな」


 電気や水道など、現代社会を支えるライフラインがとまったら、文化的な生活は成り立たない。


「ちょっと待てよ、電気や水道が止まったら、病院とかヤバいじゃん! 非常用の発電機とかあるかもしれないけど……燃料にも限りがあるし、薬とかの在庫も……」

「ヨシヒト、なにも病院だけではないぞ。店の商品は、どうやって補充するのじゃ」

「うわっ、食料! 攻略チームが間に合わなかったら、餓死者が出たっておかしくないぞ」

「どうじゃ、悠長なことは言っておれんじゃろ?」

「いやいや、なんでそんなに楽しそうなんだよ!」

「当たり前じゃ、このぐらい本気になってもらわんと、いつまで経っても攻略が進まんじゃろ」


 この情報を流せば、アメリカは更に本腰を入れてダンジョン攻略に取り組むことになるだろう。


「今って、何階層まで到達してるんだ?」

「例のサムライコンビの九階層がトップじゃな」

「あと六階層か、アメリカが本腰入れれば大丈夫か」

「まぁ、ここまでと同じペースで難易度が上がるのならば……だな」


 皇竜の含みのある言い方が引っ掛かる。


「おい、まだ何か仕込んでるのかよ」

「十四階層から十五階層に降りる場所にゲートキーパーを置くことにした」

「ゲートキーパーって、序盤のボスみたいなものか?」

「その通り」

「ゴブリンキングとか、オークジェネラルみたいな感じか?」

「そんな魔物じゃ盛り上がらんじゃろう」

「じゃあ、ミノタウロスとかサイクロプスとか?」

「ヨシヒトも良く知っておる魔物じゃぞ」

「俺が知ってる魔物? オーガとか、グリーンウルフ……じゃないか」


 俺の顔を見ながらニヤニヤ笑う皇竜に、嫌な予感のメーターが振り切れそうだ。


「分からない、降参だ、教えてくれ」

「なんじゃ、つまらんのぉ。ヨシヒトなら簡単に倒せるが、こっちの連中ならば苦戦必至の魔物といったら?」

「まさか、邪竜じゃねぇだろうな!」

「邪竜などと呼ぶまでもない、飛びトカゲじゃ」

「マジかよ! 異世界から連れてきたのか!」

「どうじゃ、序盤のボスには持って来いじゃろう」


 どうじゃじゃねぇよ、確かに俺なら簡単に倒せるだろうけど、それはアイテムボックスという安全地帯に居て、分解というチートな魔法が使えるからだ。

 サイゾーから聞いた話では、邪竜の鱗は機動隊が使うポリカーボネートの盾よりも丈夫だそうで、屈強な兵士が全体重を載せて槍で突いても、切っ先が少し食い込む程度らしい。


 そんな鱗を持つ相手に、狩猟用の空気銃程度の火力しかない魔法と肉体のパワーのみで挑むなんて自殺行為に他ならない。


「いやいや、さすがに普通の連中に邪竜の相手は無理だろう」

「助けを待つ多くの者のために、奮闘して辿り着いた先には絶望的な相手……だからこそ燃えるんじゃろうが」

「そりゃゲームとかなら盛り上がるけど、マジもんで人の命が懸かってんだぞ」


 皇竜は、俺の抗議に対して大きな溜息をついた。


「はぁ……当たり前じゃ、富や名声を得るのに命を懸けないダンジョンなんぞ、ただのゲームでしかない。我が作ったダンジョンはゲームなどではなく現実じゃ」

「あー……何人死ぬんだろうなぁ」

「なんじゃ、そんなに人が死ぬのは嫌か」

「そりゃあ、好き好んで人は殺さねぇだろう」


 俺はクズなら殺すのを躊躇わないが、誰かのために必死になっている人間が死んで喜ぶほどゲスではない。


「断っておくが、我はゲームのようにリスポーンの仕組みなど作らぬからな」

「まぁ、それに関しては反対するつもりはねぇよ。地上に魔物が出て来る訳でもないし、ダンジョンに潜る奴は覚悟の上で踏み込むんだしな。ただ、飛ばされたマンハッタンの直前に邪竜は……」

「だったら、倒せる奴を連れてくれば良いではないか」

「えっ? そんな奴……」


 居ないと言いかけて言葉を飲み込んだ。

 ニヤニヤと笑う皇竜がマジで憎たらしい。


「タイミングとか、浄化するとかしないとかは好きにするが良かろう。じゃが、ノンビリしていると死人が増えるだけじゃぞ」

「あぁ、分かった。ちょいと助っ人を連れてくるぜ」


 そもそも、邪竜がこっちに連れて来られているならば、サイゾーたちが異世界に残っている意味は無い。

 浄化担当の清夏を交えて、サイゾーと緊急帰国の手筈を考えるとしよう。

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