第261話 ゲスモブ、本物と出会う

 マンハッタン島消失から一週間、世界中の空気がビリビリと張り詰めている気がする。

 一週間が経過しても、正確な被害者数は判明していない。


 マンハッタンの人口は約百六十万人と言われているが、ビジネスや観光で街を訪れている人を加えると、軽く二百万人を超えるとさえ言われている。

 これは、過去の人類の歴史を紐解いても、一度に亡くなった人数としては、ダントツの一位だろう。


 マンハッタン島が消えた当初、東京にはアメリカからの報復攻撃が行われるという噂が実しやかに語られていたが、今はその噂も下火になっている。

 だが、東京に暮らしている人々が、完全に安心した訳ではない。


 あの強烈な個性のアメリカ大統領が、負けたままで引き下がるとは思えないからだ。

 新宿のダンジョンには、アメリカ軍が内部にまで前線基地を設営して、大量の人員と資材を投入し、本気で完全攻略を目指して動き出している。


 その一方、アメリカ国内では日本のダンジョンに空爆を行うべきだという声も少なく無い。

 ただ、一瞬にして二百万人以上の人の命が失われた割には、報復を求める声は盛り上がっていない。


 理由としては、9.11同時多発テロの時や世界各地で起こっている紛争のように、被害者が傷つき命を落とす様子が記録されていないからだろう。

 二百万人もの人が命を落としたかもしれないのに、まるで実感が伴わないのだ。


 もう一つ、消えたマンハッタン島は、実は異世界に転移しただけで、人々の命は失われていないという意見が多くの人から支持を得ているようだ。

 マンハッタン島異世界転移説の根拠となっているのが、俺達の異世界召喚だ。


 高校生一クラス三十人程度とマンハッタン島の二百万人では規模が違いすぎるが、何の前触れも無しに忽然と姿を消してしまった状況は、似ていると言えば似ている。

 更には、一度異世界に召喚された後、ここまで俺を含めて九人が帰還を果たしている。


 たとえ異世界に飛ばされてしまっても、生きてさえいれば戻れる可能性があるのだ。 

 死亡したのではなく違う世界に飛ばされているだけで、戻って来られるかもしれないのだと考えれば、希望を持てるし怒りの矛先も鈍るのだろう。


 そして、謎のダンジョン管理人については、神と崇める一団が現れた。

 まぁ、マンハッタン島を一瞬で消してしまうなんて、普通の人間から見れば神の御業と言っても過言ではない。


 ダンジョン管理人を神と崇める一団は、同時にアメリカ大統領を神の怒りを買った愚か者として断罪し始めた。

 大統領がダンジョン管理人の申し出を受け入れて、期日までに中国と和解していればマンハッタン島は消えずに済んだというのが彼らの主張だ。


 この考えは、大統領と対立する政党の支持者によって支持され、一部の報道機関も乗っかる形で責任追及の道具として利用されているようだ。

 それでも、推定二百万人が神隠しにあったような事態が起こっても、どうにかこうにか世の中は動いていくものだと思い知らされた。


 東日本大震災の時には、俺達の暮らす東京にも色々な影響が出た。

 帰宅難民とか、計画停電とか、東京でも死傷者が出ていたが、それでも影響は限定的だった。


 能登半島の大地震の時などは、ニュースで見て、募金活動などに協力はしたが、現地でボランティア活動をした訳でもないので、どこか他人事という気持ちが強かった。

 そして今回のマンハッタン島の消失については、世界経済に与える影響が……なんて話を聞いても全然ピンとこない。


 ある意味、物凄い関係者であったりするのだが、やっぱり遠い国の出来事にしか感じられないのだ。

 実際、俺は清夏と夏休みの宿題の追い込みを行っている。


 一時はアメリカと戦争だ……とか、日本はもう終わりだ……なんて意見がSNSなどに飛び交っていたが、結局は落ち着いてしまったし、夏休みが延長される気配はなく、普通に新学期が始まるらしい。


「んー……数学終わったぜ、これでだいたい終わったかな」

「善人、読書感想文は?」

「げぇ、忘れてた……てか、なんで受験生まで読書感想文なんて書かなきゃいけねぇんだよ」

「知らないわよ」

「てか、清夏はもう書いたのか?」

「うん、書き終わったよ」

「うわっ、裏切者ぉ」

「なんでよ、夏休みに入った頃に、早めにやっておいたらって言ったじゃない」

「そうだっけか、俺は嫌な事はすぐ忘れるからな」

「ニューヨークの事も?」

「いや、さすがにあれは忘れられないだろう……」


 マンハッタン島が消失した件について、坂口や井川はダンジョン管理人なる謎の存在の仕業としか思っているだろうが、清夏は皇竜の仕業だと分かっている。


「それで、ニューヨークの人たちって実際どこに行っちゃったの?」

「知らん、怖ろしくて聞けない」

「えぇぇ……聞いた方が良くない?」

「いやぁ、全員死んだってハッキリ言われたら、さすがに引いちまいそうだし」

「そうだよねぇ……二百万人だもんねぇ……」


 皇竜を地球にリリースしてしまったのは俺だから、見方によっては俺がマンハッタン島消失の原因を作ったとも言える。

 俺さえ皇竜を日本に連れてこなかったら……なんて考えてしまうとネガティブな思想に沈み込んでしまいそうだ。


「やっぱり確認してきた方がいいよ。そんな状態じゃ本を読んでも内容が頭に入らないんじゃない?」

「まぁ、そうだな……ちょっと聞いてくるよ」

「たとえニューヨークの人達が死んでいても、善人の責任なんかじゃないからね」

「そうだな、手を下したのは皇竜だからな」


 清夏には、騒動の責任について割り切っている振りをして、アイテムボックスを使って皇竜の下へと移動した。


「コウちゃん、調子はどう?」

「よう、善人、すこぶる良いぞ。アメリカの兵士共が本腰いれて攻略に取り組み始めたからな」


 アメリカが国の威信をかけて攻略に取り組んでいる状況は、皇竜にとって待ち望んでいた展開のようだ。


「今は、何階層にいるの?」

「まだ六階層じゃな。もっと勢い良く進みたいようじゃが、入念に下準備を整えてから進んでいるようじゃな。おそらく、失敗できないプレッシャーを掛けられているんじゃろう」


 アメリカ大統領は、ダンジョンを完全攻略して管理人を絶対殺すマンになっているが、現場で働く人間たちは命懸けなのだから、むやみやたらに突っ込んでは行けない。

 なにしろ、銃社会アメリカが誇る各種銃火器が、ダンジョン三階層以下の階層では作動しないのだ。


「大変だなぁ、アメリカの兵隊さんは……」

「銃とやらが使えんからな、スキルオーブを買い漁っておるぞ」


 銃火器が使えないとなれば、頼れるものは己が肉体と未知の力である魔法だ。

 スマホで調べてみると、安定高値から下落傾向がみえていたスキルオーブの相場が急騰していた。


「これで、スキルオーブ目当てでダンジョンに潜る連中が増える……ってのも予想してたのか?」

「まぁ、いずれはそうなるとは思っておったがな」

「その様子だと、まだ隠し玉がありそうだな」

「あるぞ、もうすぐアメリカとやらは更に血眼になってダンジョンの攻略に挑むことになるからな」


 この世の者とも思えない美貌で、ニヤリと笑ってみせる皇竜こそが、本物の邪竜なんじゃないかと思えてきた。

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