第168話 ゲスモブ、社会問題に立ち向かう

「うぉ、危なっ……くはないな」


 歌舞伎町のラブホテルで立ちんぼ女と買春オッサンから金その他を奪い、再び公園脇の通りに戻る途中で目の前スレスレを自転車に横切られた。

 といっても、俺はアイテムボックスの中に居るので、仮にガチ衝突のコースだったとしても擦り抜けるだけだ。


 擦り抜けるだけなんだが、気分は良くない。


「何だよ、違法モペットじゃねぇの?」


 俺の目の前を通過して行った自転車かと思った乗り物は、最近世間で話題になっている違法モペットのように見える。

 違法モペットとは、一見すると電動アシスト自転車のように見えて、実際にはバイクのようなアクセル操作だけで走行できる乗り物のことだ。


 ちゃんと原付バイクとして登録して、ナンバーを付け、自賠責保険にも加入しているなら合法だが、通り過ぎていったモペットにはナンバープレートは付いていない。

 乗ってる人間は、案の定ペダルを漕いでいない。


「てか、信号無視じゃねぇかよ!」


 俺はアイテムボックスに入った状態でも、町中を移動する時には信号を守っている。

 別に守らなくても何の問題も無いのだが、当然のように車に撥ねられそうになるので気分が良くないのだ。


 なので、俺にぶつかりそうになった違法モペットは、信号を無視して交差点を突っ切ってきた事になる。

 苛立たしい気分のまま見送っていると、違法モペットはファーストフード店の前で停車した。


 よく見れば、荷台に出前用の保温バッグが積まれている。

 違法モペットの近くへと移動すると、持ち主はファーストフード店で商品が出来るのを待っているようだ。


 どうやら、出前配達のバイトをしているようだ。


「こいつ、不法滞在じゃねぇの?」


 商品を待っている違法モペットの持ち主は、純日本人とは懸け離れた彫の深い顔立ちをしていた。

 昔と違って、海外にルーツを持つ日本人も珍しくなくなってきているが、一方で不法滞在する外国人も増えていると聞く。


 こいつが、前者なのか後者なのか知らないが、違法モペットで信号無視した時点でギルティだ。

 商品を待つ男の許を離れて、違法モペットの所へと戻った。


 一見すると、やたらとタイヤの太い自転車のように見えるが、後輪のハブにはモーターが組み込まれていて、ハンドルの右側には速度調整用のレバーが付いている。

 レバーのみで走行が出来る時点で、これは自転車ではなく原付だ。


 バッテリーは太いフレームに内蔵されているようだ。


「さて、防犯カメラはどこかな? あぁ、あれか……」


 ファーストフード店の入り口前ならば、当然防犯カメラが設置されている。

 カメラの画角を考えると、違法モペットはバッチリ写っているはずだ。


「防犯カメラの位置、良し! バッテリーの位置、良し! あとは男が戻ってくれば……来た来た」


 準備を整えているうちに、ファーストフード店の紙袋を手にした男が戻ってきた。

 男が商品を保温バッグに入れて、行き先をスマホで確かめたところで魔法を発動させる。


「分・解! 大紅蓮違法モペット!」


 田沼のスマホの時と同様に、違法モペットのバッテリーの内部セパレーターを魔法で分解する。

 男が違法モペットに跨った瞬間、プシューという音と共にフレームの隙間から液体が噴き出し、直後に炎が上がった。


 驚いた男は、慌てて飛び降りようとしてバランスを崩し、車道側に転倒して危うく車に轢かれるところだった。

 けたたましくクラクションを鳴らしながら急ブレーキを掛けたのは黒塗りのベンツで、派手なシャツを着た見るからにその筋の人が降りてきた。


「何しとんじゃ、ワレぇ!」


 驚いたことに、違法モペットの持ち主だった外国人風の男は、車道から起き上がるとモペットのホルダーからスマホを外し、脱兎の勢いで走り出した。

 その間にも違法モペットは炎をあげて燃え続けているが、全く振り返りもしない。


 怒鳴り声をあげたヤクザ風の男も、呆気に取られて見送っている。


「ちっ、クソ外人が……」


 ヤクザ風の男も道路に唾を吐き捨てると、ベンツに戻って走り去っていった。

 暫くして、けたたましくサイレンを響かせて消防車やパトカーが集まって来たが、炎上を続けるモペットの周囲に黒山の人だかりが出来ているものの持ち主の男は消えたままだ。


 おそらく、外国人風の男もヤクザ風の男も、警察や消防が駆けつけて身元を調べられたりすると困るから立ち去ったのだろう。


「失敗した、イチジクの準備を怠っていたぜ」


 違法モペットの排除には成功したが、肝心の持ち主を逃してしまった。

 今後は田沼のためにも、イチジク浣腸は常備しておいた方が良いのだろうか。


 いや、あの男の逃げっぷりならば、脱糞しながらも逃走しそうな気がする。


「てか、ヤクザの尻にぶっ込むのも楽しそうだよなぁ……」


 違法モペットを包んでいた炎が鎮火して、興味を失い立ち去っていく野次馬達を眺めつつ、俺は次なる楽しみの準備のために深夜営業のドラックストアを目指した。

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