第125話 オタデブ、覚悟を迫る
※今回は桂木才蔵目線の話になります。
邪竜討伐に向けて本格的に動き出すために、仮想邪竜に使えそうな大型の魔物を討伐することにした。
こちらの世界の魔物についての知識が乏しいので、兵士たちに話して選んでもらったのが、スパイクボアと呼ばれる猪の魔物だ。
スパイクボアは、体高が成人男性の身長の二倍弱、体長は三から四倍にもなるらしい。
四つ足の状態で体高三メートル半、体長七メートルというと、小型のバスぐらいの大きさはあるはずだ。
体毛が非常に硬く、ハリネズミのように尖っていて、剣で斬り付けた程度では傷一つ負わせられないらしい。
性格も獰猛で、生息地域には一般人は立ち入らないそうだ。
雑食性で、草や木の実だけでなく、動物も襲って食べるらしい。
一般人が腹を空かせたスパイクボアに出会ってしまったら、苦しまずに死ねるように祈るしかないそうだ。
全員を集めてスパイクボアの情報を伝えると、反応は二通りに分かれた。
いよいよ鍛えた魔法を思い切り試せると腕を撫す者と、不安に目を泳がせている者だ。
元ヤンキーグループは全員が前者、そして合流したリア充グループの多くが後者だ。
中でも村上清、斉木翔太の二人は怯えたような表情さえ浮かべている。
村上、斉木の二人は、言うなればモブ中のモブだ。
一応、訓練には参加しているし、こちらの兵士を上回る魔力の持ち主なのだが、戦う意欲に欠けている。
どうやら、前回の実戦訓練で金森が犠牲になった場面を間近で目撃して、心が折れてしまっているようだ。
戦う意志が弱いせいなのか、魔法は鋭さに欠けていて、威力や速度が上がらない。
ゴブリン程度であれば倒せるだろうが、硬い魔物や素早い魔物が相手だと苦戦するだろう。
つまり、スパイクボアの硬い毛並みは自分達の魔法では斬り裂けないと、二人とも自覚しているから怯えているのだ。
正直に言って、この二人は使えない。
使えないどころか、実戦では僕らの足を引っ張ることになるだろう。
僕とすれば、今すぐにでも切り捨ててしまいたいのだが、切り捨てた後の影響が心配だ。
仮に、村上と斉木の二人が邪竜の討伐を免除され、何のペナルティーも無かった場合、二人以外にも抜けたいと言い出す者が出てくるだろう。
かと言って、最初に城に残った連中のように虐待を受けることになれば、僕の交渉力が疑われることになる。
面倒だ、本当に面倒だ、いっそ殺してしまおうかとさえ思ってしまう。
村上と斉木を自分の手で始末することを想像したが、その後の処理を考えれば不可能だと気付いて逆に冷静になれた。
黒井に頼めばワンチャン……とも考えたが、このような雑事は僕自身が片付けるべきだ。
スパイクボアの討伐はあくまでも訓練であり、本番は邪竜の討伐なのだから、今回の実戦は上手くいかなくても構わない。
むしろ、問題が発生してくれた方が改善点を洗い出せるし、対策が立てられる。
それに、実戦訓練なんだから、死人が出る場合だってあるよね。
まずは、全員に覚悟を決めてもらおう。
「前回の実戦訓練が終わった後、二つのグループが合流する時に僕は条件を付けた。訓練の指導はするけど、僕やヒデキのやり方に逆らって和を乱す奴は許さない。問答無用で追い出すし、それでも迷惑を掛けて来るなら殺す……てね。僕らは戦って自分達の価値を示さなければならない。次の実戦訓練で、戦えない、戦おうとしない奴は追い出す。全体の士気に関わるからね」
僕の言葉を聞いて村上と斉木の顔からは、これほど人間の顔色というものは変わるのかと驚くほどの勢いで血の気が引いていった。
彼らにとっては死刑宣告のようなものかもしれないが、手を緩める気は無い。
「追い出した人間がどうなるかなんて僕は知らない。僕だって自分のことで精一杯だからね」
「そ、それなら、もっと従順に従っていれば良かったんじゃ……」
斉木の呟きを聞いて危くブチ切れそうになったが、僕よりも先にヒデキが声を上げた。
「だったら、今すぐ追い出してやるから、首輪を嵌めて奴隷として飼って下さいって頼んで来い。俺は奴らの言いなりになって生きるなんざ真っ平だ」
「私も戦うわよ。ムカつく女王に頼まれたからじゃない、私が私であると証明するために戦うの」
ヒデキに続いて宮間由紀が声を上げたことで、揺らいでいた女子も覚悟を決める方へと気持ちが動いたようだ。
被っていた猫は脱走したようだが、さすが元カーストトップの言葉には影響力がある。
「ヒデキや由紀の言う通り、僕らは人としての尊厳を懸けて戦うんだ。自分は尊厳を捨てても構わないというなら止めないよ。どうぞ出て行ってくれ。それに、奴隷になったからと言って、戦わないで済むとは限らないんじゃない?」
そもそも、この国連中は僕らを奴隷にして邪竜と戦わせようとしていた。
戦いたくないから奴隷にしてくれと言っても、これだけの魔力を持った連中を戦わせないとは思えない。
どっちにしたって、死にたくなければ戦うしかないのだ。
本当は、黒井に頼めば日本に戻れるのだが、それはヒデキにも由紀にも明かしていない。
「生き残るための戦いに背を向ける奴は、僕らの仲間ではない。死にたくなければ、戦うしかないんだよ」
「分かった……」
村上と斉木も渋々といった感じで頷いたが、この二人には注意を払う必要がありそうだ。
また田沼の時のようなことにならないように、いざとなったら例えクラスメイトであっても殺す覚悟を僕も決めておこう。
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