第88話 王弟、狼狽する

 坂口たち四人を日本に帰した後、俺と清夏は王弟バルダザーレの屋敷へと戻った。

 那珂川を帰国させた時には拍子抜けするほど静かだったが、四人が一度に姿を消したことで騒がしくなっている。


 使用人総出で屋敷中を捜索しているようだが、当然のことながら四人の姿を発見できるはずもない。


「何処にも姿は見当たりませんし、屋敷の外に出た痕跡も見つかりません」

「ええい、良く探したのか!」

「屋敷の隅から隅まで探しましたが……」

「本当に屋敷を出ていないのか!」

「はい、先日の一人居なくなった後は、屋敷の出入りは厳重に見張っておりました」

「くそぉ……手引きした仲間、それも空間魔法の使い手が居るということか……」


 屋敷の執事らしい男から報告を受けたバルダザーレは、俺の存在に気付いたようだ。

 まぁ、気付いたといっても空間魔法を使える人間が存在し、那珂川を含めた五人を連れ出したという所までしか分かっていないだろう。


 召喚された直後にアイテムボックスに隠れた俺を認識していた兵士が居たならば、もっと早く騒ぎになっていたはずだ。


「どうなさいますか、旦那様」

「明朝一番に城に出向いて姉に報告する。私の手の者だけでは対応しきれぬ」


 実の姉である女王を蹴落とすために那珂川たちを引き取ったにも関わらず、居なくなった途端姉に頼る辺りが実に小者臭い。


「善人、どうするの?」

「そうだな、クソ女王の慌てる顔でも見に行くか」

「いいね、姉弟揃って復讐に怯えればいいんだよ」

「だな。奴らの対応策を逆手に取って、恐怖を煽ってやるか」


 翌朝、朝食を済ませたバルダザーレは、慌ただしく屋敷を出て城へと向かった。

 これまでバルダザーレは、自分は城に残った六人が凌辱された件には関係しておらず、むしろ救出した立場に居ると思っていたのだろう。


 だが、手元から手札である五人が消えたことで、自分も敵対する側と認識されていると気付いたみたいだ。

 城へと向かう馬車の中でもブツブツと独り言を繰り返し、いかにして自分の身を守るか汲々としているようにも見える。


 城に到着したバルダザーレは、城の使用人たちの制止を振り切って女王の居室へと急いだ。


「姉上!」

「何じゃ、朝っぱらから騒々しい……」


 まだ朝食の途中だった女王アルフェーリアは、不機嫌そうな表情を隠しもせずにバルダザーレと迎えた。


「引き取った異世界人共が姿を消した」

「何じゃと!」

「おそらく空間魔法を使う仲間が居るはずだ」

「一度に全員を連れ出したのか?」

「最初に一人、その後の四人は一度に連れ出したのかもしれぬ」

「おのれ……能力が上がっているのか」


 アルフェーリアは、兵士が殺された状況や城からも一人が姿を消していること、それに自身に宛てた警告文など、空間魔法が絡んでいると思われる過去の事案を語って聞かせた。


「なぜ今まで探さなかったのです」

「無論探したに決まっておるだろう、城中を探させたが足跡一つ見つけられなかった」

「城の外はどうなんです?」

「探させてはいるが、見つかっておらん」

「本当に探させているのですか。相手は戦えない連中を手元に引き取ったのですから、下手をすれば我々を襲撃するかもしれないのですぞ!」

「その程度のことは分かっておる。だが、一人、二人ではなく一度に四人も五人も救い出せば、食い物などの確保も難しくなるだろう。必ずや尻尾を掴んでやる」


 女王アルフェーリアと王弟バルダザーレは、いかにして逃げた異世界人を捕まえるか相談を始めた。

 奴らが最初に思い浮かべたのは那珂川達の容姿だ。


 清夏と街を見て歩いた時に気付いたように、王都に居る殆どの者が髪を編んでいる。

 編み込みをしていない者、編み方が不自然な者、黒髪黒目、彫りの浅い顔立ち、十代半ばの年齢など、俺たちを特定する条件を挙げ、捜索範囲は王都の外まで広げるようだ。


「一度に王都の外まで移動できると考えているのか?」

「姉上、奴らの中には常人の十倍以上の魔力を有している者も居るのですぞ、こちらの常識に囚われていたら取り逃がしますぞ」

「うむ、そうだな。だが、それほどの空間魔法の使い手ならば、懐柔して利用することも考えるべきではないか?」

「それは難しいのではありませぬか? 懐柔出来る相手ならば、既に姿を見せて交渉を持ち掛けているのでは?」

「では、始末するしかないな」

「始末も何も、まずは見付けることです。それまでは、こちらが殺意を持っていると気付かれてはなりませんぞ」


 いやいや、とっくに使い捨てるつもりだって分かっているし、お前らなんかと交渉するつもりなんか無いぞ。

 俺がお前らを始末するのは既に決定事項だからな。


 結局、アルフェーリアとバルダザーレは、俺たちは王都から少し離れた場所に隠れ住んでいると考えたようだ。

 近郊の山狩りを含めて、俺たちの炙り出しにこれまで以上の人員を割くつもりらしい。


「どうする? 善人」

「そうだな、その王都近くの村とかに行って、ちょっと兵士を痛めつけてやるか。そうすれば、その近くに潜伏していると思い込むんじゃねぇか?」

「なるほど、そこから転々と場所を変えれば、必死になって追い掛けて来るんじゃない?」

「おぅ、それ面白そうだな」


 アルフェーリアとバルダザーレの対策を盗み聞きしながら、俺と清夏は裏をかく作戦を練り始めた。

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