【大法螺葦原国史】願いをさえずる鳥のうた
久浩香
第1話
「あれは何? 何故、私の願いを知っているの?」
と、言った。
それが、活目大王が聞いた、彼の発した最初で最後の意味の通った言葉であった。
その日までの事は、どうであったかは解らないが、母親の
年頃になり、
「誉津別。其方、今、何と言った?」
と、聞き返した。
(同じ言葉で良い。もう一度、声が聴きたい)という、切実な願いであった。しかし、彼は、もう言葉を話す事はせず、
「クォッ。クォッ。クォッ」
と、活目大王を見下ろして、先程の白鳥の鳴き声のような声をあげた。
(あの白鳥の傍でなら、
と、考え、
「誰か! あの白鳥を捕らえて参れ」
と、命じた。
家臣の
「クォッ。クォッ。クォッ」
と、言い、白鳥も、
「クォッ。クォッ。クォッ」
と、返した。
誉津別命と白鳥は、歌うように会話した。
しかし、それは長くは続かず、白鳥は、
「クォッ!」
と、大きく鳴いて翼をばたつかせたと思ったら毛繕い等を始め、白鳥との意志の疎通が出来なくなった誉津別命は、駄々っ子のように、その場に仰向けになって、両手両足をジタバタと動かし、大声で泣き叫んだ。
女を知ってからの
❖◇❖◇❖
夜明け前。
闇の中に、黄色い
嘴がバクバクと開閉し、
『国譲りの
と、命じた。
声を聞いた後、耳の中へ、チロチロと細く長い舌が差し込まれ、舐められた感触があり、活目大王はガバッと起き上がった。
「はぁ。はぁ。………夢……か?」
と、呟いた。潮の香がした。
それまで横たわっていた
「…国譲りの誓約?」
活目大王は、首を
陽が昇ったので、直ぐに
布斗摩邇とは、占骨術(骨を使用した占い)を
出雲国の大社が倒壊し、再建を余儀なくされていた。しかし、その最中、
通常ならば、その怒りの矛先は、御間城天皇に向かうべきなのだが、彼は、
「出雲の大社は、
活目大王は、
「…なるほど。ならば、大社の再建を再開させよう。…だが、布斗摩邇よ。我が夢に現れたのが龍蛇神である事は知れたが、黄色い嘴……あの白鳥は、何なのだ?
彼は、活目大王の言う白鳥を視る事ができず、その後も、さまざまな獣の骨を折って占ったが、結局、答えられなかった。
❖◇❖◇❖
そこで、粗末な
彼女は、その手を振り払い、大社の方角へ向かって駆け出したが、主人の思いを
品遅部とは、誉津別尊に奉仕する事を義務づけられた私有民の集団である。
従者や品遅部達は、
“命”と“尊”は、同じ“ミコト”という読みではあるが、その尊称が表すモノは、天地程も違う。“命”が、ただ天皇や大王の子供である事を示すのに対し、“尊”は、後継者だけに許された尊称である。
翌朝は、大雨であった。
斐伊川も水嵩が増し、とても出立できる風ではなかった。
長穂宮の大広間で、品遅部の用意した朝餉を摂った後、
「貴方。こうなってしまった以上、私は貴方の正妻となり、大和国に参りましょう」
と、言った。
これに対して誉津別尊は、目を丸くし驚いた後、
「私は、其方を愛しいと思うが、葦原国を統べる者になる為には、その力を高められる女を妃に得なければならず、それに足る妃を娶っている。此度、出雲を訪れるにあたり、私は、道中の土地土地に、
と、
すぐに立ち上がり、彼の背中に向けて伸ばした
曙立王は、彼女の腕を引っ張って、板間の上に引き倒すと、半身を起こした彼女の足元で、仁王のように立ちはだかって睨みつけ、
「痴れ者め! 恥を知れ!
と、大音声で叱責した。
ザアザア降りの雨の中へ放り出された肥長比売を、曙立王の実弟で、もう一人の従者である
彼は、自分の上着を脱いで、
「ならばせめて、炉の傍に寄り、火にあたりなさい」
と、筵に座るように勧めた。
「よいか。今更の事ではあるが、尊様の身分の方と契るのは、その事自体が誉れなのだ……そんな事も解らない
筵の上に座った肥長比売の背後に座った
「尊様はこれまで、
肥長比売は、太腿の肉を抉るかのように、裳の布地越しに爪を立てた。
「しかし、まぁ…あれしきの事で、このような美女を、惜し気もなく捨てるとは…」
「あっ……なに…」
「ああ、やはり、髪の水気を払っても、背中は冷えている。やはり、中から温めてやらねばならぬ」
「えっ?」
「私ならば、其方を正妻として娶るのに何の差し障りも無いぞ。贅沢だってさせてやれる」
筵の上に寝かさないのは、
「私のモノになれ」
そう言って、唇を合わせたところで、
❖◇❖◇❖
一行は船に乗り、
その経路が、一番、縁起が良いと、
彼は、大層な占者になる素養を持っていたが、いかんせん、出世欲にまみれていたので、その力を充分に発揮する事ができないでいた。航路やその他の追従者については、彼に何の関係も無かったので、“吉”の気が出たものを選ぶ事ができたが、曙立王と
そして、彼の占いは外れなかった。
流石の
「なんだ? まだ、未練があるのか?」
「ほっといてくれ」
冷やかしたのは
曙立王は、弟が、『追い出された
それは、
肥長比売の事は、正妻にしようとしてはいたが、一生を添い遂げようとは、微塵も思っていなかった。
彼は、大和国に帰った誉津別尊が、どの女をしても子供が出来ない事で、再び、肥長比売を欲する。と、考えていた。そこで、自分の正室にしている彼女を誉津別尊に献上するつもりだったのだ。
誉津別尊の子供を産む女を献上したとなれば、菟上王には、それなりの褒美が貰える事になるだろう。その褒美が、
もし、これが
彼女の美貌と、その事を表沙汰には出来ないが、『誉津別尊が自ら欲して契った女』という希少性は、誉津別尊が天皇となった頃、『自分の娘に天皇の寵愛を受けさせたい』と願う権力者が、『
そして、もちろん。それまでの間は、自身が、彼女の肉体をむしゃぶり尽くし、娘が生まれたならば、誉津別尊に献上するつもりであった。
そんな計画が水泡と化した事を悔やむ菟上王が、大きく肩を落として、ため息をついた直後だった。
深夜、やおら海が大荒れに荒れ、船の下の海面が高く盛り上がった。突然の揺れに、眠っていた
どうにかバランスを取り、船の梁やら柱やらにしがみ付いていると、三人の耳──脳に、直接、響く声があった。
「おのれ!
肥長比売は、
その声を聞き終えると、
享年、三十歳であった。
「この者等は、
という
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