幼 い 反 乱

 ほどなく、招待客が続々と庭園に集まり始めた。


 カジュアルなパーティーとして気楽に参加して欲しいと伝えてあったにしては、客は皆、カジュアルを装いながらどこかかしこまっている。

 御婦人方は気軽なワンピースから、上品な和装まで様々で、その雑多な客さえも飲み込んで庭園はさながら一枚の絵のような不思議な統一感で包まれていた。


 父と女主人が並んで立ち、二人を囲むように客が集まる。

「蘭子、こっちにおいで」

 父に呼ばれると、皆一斉に私を見た。どこを見ても見知らぬ大人たちと視線が合い、その異様な雰囲気に私は動けなくなっていた。

 ふと、私の手を取る柔らかい手があった。

 見上げると、女主人が目の前で微笑んでいた。


「お母様…」

 私が小さく呟くと、彼女はうなずき私の肩を抱くようにして父のもとへと並んで歩き出す。

 客の視線を一身に浴びてその場から逃げ出したかったが、私を見る父の笑顔が思い止まらせた。

 私が傍らに立つと、父は満足そうに目を細め私の肩を抱き寄せポンポンと軽くたたく。


 父が、カジュアルな茶会だから気楽に懇親を深めて欲しいと簡単な挨拶をして、シャンパンで乾杯をすると、固まっていた客がバラバラと動き出した。

 客は軽食が並べられたテーブルにたむろしてそれぞれ歓談しているが、誰もが落ち着きなく目線を泳がせあるじと女主人を目の端で追っている。


 父は年配の役員と話し込み、その横でしばらく微笑んでいた女主人が、おもむろに陽の当らないテラスに置かれたガーデンテーブル席へと向かった。

 同時に婦人達が、ナチュラルな動きで露骨さを隠すように二、三人で会話を続けながら足は女主人を追っている。


 幹部の子や孫たちは小学生から中学生まで幅広く、それぞれ戸惑いながら私の周りに集まる。

 その中の何人かは私に微笑みかけるが、何を話していいかわからず視線を泳がせながらもじもじしているだけだった。


「皆さん、たくさん召し上がってますか? 今日はお天気だからアイスクリームをお持ちしましたよ」

 サチがお盆にアイスクリームを乗せて立っていた。

「蘭子さん、皆さまにアイスクリームを勧めてください」

 私はサチに教えてもらったように「どうぞ、召し上がれ」と小さな声で言った。

 中学生くらいの少年が笑顔で「いただきます、蘭子さん」と言ってアイスクリームを手に取ると、それに続いて皆、蘭子さん蘭子さんと連呼し、私は自然と笑顔になっていた。


「蘭子さんはどのアイスが好き?」と同じ歳くらいの少女が訊いてくる。

「チョコレート」

「僕も」「私も」「私はイチゴ」等と言葉が飛んで来てその場が他愛ない笑いに包まれる。


 最初に声を掛けてくれた少年が、テラスのほうを見て「あ…」と声を漏らした。

 食べかけのアイスをテーブルに置くと、テラスのほうへ歩いて行く。

 見ると、そこには庸一郎がいた。

 彼の叔母は今日一番の笑顔で庸一郎を見つめている。

 少年の後に他の中学生も続いた。


 よく見ると、客として呼ばれた子供たちは庸一郎と同じ年頃か私と同じ年頃かに別れていた。

 最初から庸一郎を呼ぶことがパーティーに組み込まれていたのだろう、女主人が大切な庭の開放を許した理由がわかった。


「蘭子さん、綺麗なお花ね」

 一人の少女が言った。

「お花、好きなの?」

「大好きよ」

 少女は満面の笑みを返す。

「お花、たくさんあるからあげるわ」

「いいの?」

 次々と私も欲しいと声が上がる。

「みんなにあげるわ」

「無くなっちゃわない?」と、最初に言い出した少女が心配そうに訊く。

「だって無くなったってお花はまた咲くから大丈夫よ」


 花壇の脇に置いておいたハサミを手に、色鮮やかな花々が咲き誇るこの庭で一番美しく、勝手に触れることが許されない花壇へと真っすぐ向かった。

 その花壇にためらうことなく足を踏み入れると無造作に花をつかんでハサミを入れる。


 頭の中ではその花壇の花を切り取っていたたまきの姿が重なっていた。

 切り取った花を後に付いて来た幼い客に渡してはまた切る。

 早く、早く…

 心の声に急かされ一心不乱に花を切り取っては渡し、また切り取っては渡す。

 早く、早く、早く…


 突然、背後からハサミを持った手首をつかまれ後方へと捻り上げられた。

 その場がしんと静まりかえる。

 その時間は私には長く感じたが、実際はほんのわずかな時間だったと思う。


 ジリジリと肩から腕に焼けるような激しい痛みを感じ、堪らず「お母様…痛い」と小さな声を漏らした。

 女主人が私の手を離すと、私は力なくその場に座り込んだ。

 見上げると、彼女はカッと目を見開き、声を上げるのを必死で抑えようと歯を食いしばりながら荒い息を吐き、ぶるぶると怒りに震えている。


「何をしている!」

 父の声が聞こえると同時に、女主人はくるりと身を翻し屋敷の中へと走り去っていった。

 一人の少女が手にした大輪の花をそっと地面に置くと一人、また一人と花を置いて彼らの両親や祖父母の元へと駆けて行く。

 肩の痛みと孤独が声も無くただ涙を溢れさせる。


「蘭子、大丈夫か」

 見上げた父の顔には複雑は笑みが浮かんでいた。優しく私を抱き上げると、父の口からひとつ深い息が漏れた。

「ごめんなさい…お父様」

「蘭子は…悪くない。悪いのは…」

 父はそこで言葉を止め、黙したまま屋敷の中へと入って行った。

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