ひとつ、怖い話をしよう

慎の字

電気屋で働いていた時のお話

 これは、いろいろな人にいろいろな体験をさせてもらった大学卒業後、腰掛けのつもりで就職した家電量販店に勤めていた時のお話。


 家電量販店。いわゆる電気屋さん。そんな電気屋さんのお仕事というのは何も物を売るだけではない。配送然り、管理然り。そこには様々な業務が存在する。思い出すだけで胃が捻じ切られる思いがするので詳細は省くが、いろいろあるのだ。

 当時僕が配属されていたのはいわゆる「裏方」といえる部署であった。基本的には所属とする店舗で働き、有事の際に現場に駆り出される。売り上げを上げれば「裏方のクセに」と陰口をたたかれ、繁忙期に出張が入れば「この忙しい時に」と罵られるそんな部署。本当に怖い話なのだが僕が語りたいのはそこではないのだ。


 ある店舗へ出張していた時のある日の話である。

 レジの残金が合わずに店長と共に日付が変わる頃までレシートとにらめっこをしていた日。ようやく残金誤差の原因を究明し、店長と共に店舗を後にしようとしたときのことだ。店舗内の照明とともに、店長が通常であれば絶対に操作しないボタンを操作していた。

「店長?それ倉庫の監視カメラの電源ですよね」

 不審に思った僕は思わず店長に声をかけた。

 監視カメラ。店員不在の店舗内での事象を詳らかにする防犯ツール。しかも所狭しと高額商品の在庫が積み上げられた倉庫の監視カメラである。その電源を、店長自らが落としたのだ。

「まずいですよそれは」

 当時まだぺーぺーの社員だった僕はなんとかそんな言葉をひねり出し店長を制止した。後で店長に言われたのだが、その時の僕はそれはもう情けない今にも泣き出しそうな顔をしていたそうだ。

「ああそうか。君には話してなかったな」

 ぞり。と短く髭の伸び始めた顎をなでつつ、何故かひどくバツの悪そうな顔でこうつぶやいた。

「いろいろとが映るんでな。本部に了承を得て夜間の退出後は電源を切ってるんだよ」

 ピンときた。

「もしかして、ですか」

 首の辺りで両手をぷらりとさせるジェスチャーを示したところ、店長はやはりバツの悪そうな顔で「そうかもしれんなぁ」と答えてくれた。

 この店舗での仕事に俄然やる気が出た瞬間であった。


 翌日のこと、その日の業務を早々に片付けた僕は事務所に引っ込み、店長の許可のもと件の防犯カメラの映像を堪能させてもらっていた。

 壮観。まさに壮観の一言に尽きた。映るわ映るわ。まさに心霊映像の量販店、この映像を売ったほうが利益が出るのではないかと考えてしまうレベルでいろいろなものの姿を捉えていた。

 午前4時に倉庫内の什器のまわりを楽しげに走り回る子供。エアコンの室外機の在庫の上で狂ったような速度で右回転を続ける、FPSゲームでたびたび見かける人の形をした何か。禿かむろを伴って倉庫内を通り抜ける美しい遊女。そして、カメラの電源を切る原因となったナニカ。

 青白いを通り越して白に近い体色に枯れ木のように痩せ細った体躯、口元と思われる場所だけ何故かぶれた様に映っていない男の顔。これだけでもなかなかに神経に直撃するビジュアルなのだが、コイツがカメラを直視してくるのだ。店長は業務として録画内容を確認する必要がある。毎日とは言わずとも、かなりの頻度でコイツの顔を見る羽目になってしまう店長の心労は察して余りある。

「これは、キツイですね・・・・・・」

「だろう。けど、コレだけが原因じゃあなくてね」

 いくつかの録画を確認しただけでげんなりしてしまった僕を横目に、店長がパソコンを操作し最新、といっても日付としては過去のものだが、その録画を再生し始めた。

 やはり映っている、口元の像が乱れに乱れたナニカ。だが何か今までの録画と比べると違和感を感じる。なんだろうか、口元が映っていないというよりはこれは―――

「コイツ、口元が映ってないだろう。多分何かを喚いてるんだよ。カメラに向かって、おっそろしい早口で」

 フレームレートが追いついていないのだ。しかし。

「前の録画と比べてマシになってるだろ。録画の設定を変えたりはしてないしこれは向こうさんがしてるのかなって、怖くなっちゃってさ」

 さすがに残りの録画を観続ける気力はなくなっていた。このまま観続けることでナニカの口の動きが読み取れてしまったら、何を喚いているのか理解できてしまったら、何かが起こってしまうのではないか。そんな薄ら寒い感覚が胃の辺りにこびりついてしまった。

「アナタハ、スキデスカ?」

 げんなりとしていた僕に店長が変に裏返った早口を投げかけてきた。

「今はやめてくださいよ、ソレ」

「お、知ってるねぇパソコンボーイ」

 にやりと笑った店長と連れ立って、僕らは喫煙所に逃げ出した。

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