35話・返事が欲しい

「少し話せるかい?」


 そう言って、部屋に入ってきたカトルは、まっすぐと私の前にきた。金色の前髪から覗く緑色の瞳がじっと見下ろしてくる。


「いつになったら、私に返事をくれるんだ?」


 久しぶりに見たカトルは、怖い顔をして私を壁に追いつめていく。一歩一歩私が後ろに引くと彼も一歩一歩進んでくる。


「私は、じゅうぶんに待っただろう? まだ、時間がかかるのか?」


 壁に手をつき、逃げられないようにされてしまった。大人の男性の力に私がかなうはずもない。ライトの結界をはればいいかもしれないけれど、腕を捕まれている状態からでは、どうなるかわからない。


「カトル……?」


 見上げた先にある彼の目の下にはクマが出来ていた。ずっと寝ていないのだろうか。


「なぜ、好きだと、愛していると言ってくれないんだ。カナ……。私とともにこの国で幸せに暮らしていくことがそんなに不安なのか? それとも――」


 悲痛な声でカトルが囁く。何だか、目が赤い。


(涙が出そうなのかな……)


 私はどこか他人事のように考えていた。彼に答えることが、私には出来ないのだから――。


 コンコン


 扉をノックする音がした。

 カトルは一瞥してまた私を見る。するとすぐにまた誰かが外からノックする。


「誰だ。――邪魔をするなと言っておいたはずだが」


 怒ったような声でカトルが叫ぶと、扉のむこうからリードの声がした。


「殿下、期日がせまったものがあります。申し訳ございませんが――」

「…………」


 カトルはすっと手を離して、扉へと向かう。


「また、くる」


 そう言い残し、部屋の外に出ていった。

 私はふらふらと、ベッドに手をつき倒れこんだ。


「もう……、やだ……よ……」


 日に日に、カトルが怖くなっていく気がする。私がきちんと答えないからなのだろうか。はっきりと嫌だと言えば私は解放されるの?

 彼の腕についていた赤黒い模様を思い出し、ぞわりと粟立あわだつ。


 もし、嫌だと言ったら私は、殺されるの? いらない、偽者の聖女として断罪される? 彼の手で……。

 テレビで見た、魔女狩りの光景が目に浮かぶ。

 火炙ひあぶり、拷問ごうもん断頭台だんとうだい? どれも嫌だ……。

 けれど、彼に嘘をついて好きだなんて言いたくない。私が好きなのは、タツミなのだから。


「どうして?」

「誰!?」


 しらない声がする。


「嘘をついてもいいじゃないか」


「ライト?」

「なんだ?」


 ライトじゃない。小さな男の子みたいな声。


「アイツも僕の言うことを聞いてるよ。はやくしないと取られちゃうよって言ったらあわててさ――」


 クククと笑う男の子の声。けれど姿はどこにも見当たらない。


「あなた、誰?!」

「ここにいるよ、オカアサン――?」


 ここにいる? まさか、卵が孵ったの?!


「そんな……」


 間に合わなかった? 私はそこで気を失った。

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