① 鉛谷ズ子の新発明でチュ
「腐らせるでチュ、人間どもの心をこの装置で腐らせてやるでチュ、人間にネズミの心を植えつけるでチュウ……うふふふっ」
空き地に建てられた、老勇者メッキの顔を模した小屋の中で、アーク溶接の火花が散っていた。
「腐れ腐れ……ふふふっ」
溶接の遮光マスクを被った、鉛谷ズ子は不気味な笑みを浮かべながら、怪しげな光線発生装置を作っている。
ズ子はこれまでも。
『男女を不仲にさせる光線銃』
『険悪関係の人間合体マシン』
『人生入れ替え装置』
などを作って一部の人間を、恐怖のズンズンドコに落としてきた。
「それにしても、下水道のラボとは大違いの快適なラボ環境でチュウね……こんなコトなら、もっと早くにこの格安物件に引っ越ししてくれば良かったでチュウ……空き地と小屋の所有者が、魔王の息子だったから
溶接を中断して休憩した、ゴールデンハムスター王女のズ子は、傍らの皿に乗ったヒマワリの種をポリポリ食べる。
「あと少しでこの『擬人化光線発生装置』は完成するでチュウ……この前、作った『具現化光線銃』は完全に失敗作でチュた……一回しか光線が発射できないで、日が沈むまでしか効力が無い光線なんて役に立たないでチュウ……でも、この『擬人化光線』なら人間どもを恐怖のズンズンドコに……ふふふっ」
ジュースを飲みながらマワリの種子をポリポリ食べ終わったズ子は、失敗作の具現化光線銃を近くのダストボックスに放り投げる。
「元々、ネズミはそんなにチーズ好きじゃないでチュウ。
人間どもをあざむいて油断させるために、エメンタールチーズの穴から愛らしく顔を覗かせて『チーズのお城を造るでチュウ♪』と動画配信しているだけでチュウ……実際に人間どもを酷使してチーズの城を造らせるのもいいでチュウね……
さてと、もうひと頑張りでチュね」
溶接を再開したズ子は、手を止めて具現化光線銃を棄てたダストボックスを見て呟く。
「なんか、失敗作が近くにあると気が散るでチュね。フレッシュ三世ちょっと、こっちの部屋に来て欲しいでチュウ」
隣の部屋から、度が強い眼鏡をして、頭には王冠を被り。黒革のライダーライディングパンツと革ブーツを履いた、ガリガリで貧弱な二足歩行のケットシーの白猫王子『フレッシュ三世』がゼーゼー言いながら部屋に入ってきた……もちろん猫背だ。
「フレシュ、このダストボックスに入っている光線銃から、乾電池とメモリーカードを抜いてハンマーで粉々にして、粗大ゴミとして捨ててきて欲しいでチュウ」
ズ子に惚れているケットシーの王子は一言。
「わかった」
と、言うと。ダストボックスを抱えて歩き出す。
床に根っこのように広がった、電気コードに足が引っかかり転んだ拍子に、蛸足配線のコンセントからプラグが豪快に抜ける。
怒鳴るズ子。
「なにやっているでチュか! それは、製作中の擬人化光線装置を冷やすための冷却装置の……、熱っ」
過熱した擬人化光線装置が爆発して、老勇者メッキの顔をした建造物の上部が吹っ飛ぶ。
爆発に混じって、擬人化光線の青い光りの閃光と、具現化光線の赤い光りが一本、春髷市内に拡散した。
爆発の煙りが風で流れ消えて、上部が吹っ飛んだラボの床からズ子の声が聞こえてきた。
「いたたたっ、このドジ猫王子! ラボが吹っ飛んでしま………えっ!?」
自分の手を見たズ子の声が止まる。ズ子の目には人間の女性の手が見えていた。
「なんでチュか? これは?」
指を開いたり閉じたりすると、人間の手が同じように動く。
座り込んだズ子は、人間の手で自分の顔を触ってみた。
「人間の顔でチュ」
床に刺さっている割れたガラスの破片に映っているズ子の姿は、座り込んでいる人間の女性の姿だった。
「な、なんで、あたいが人間の姿に擬人化しているでチュか!!!!」
数時間後──人間姿のズ子は、 少しで不機嫌そうな表情で魔王城の部屋の椅子に座り、瑠璃子が運んできたレモン紅茶を飲んでいた。
ズ子の隣には上半身裸で、度が強い眼鏡をして頭に王冠を被り、黒革のライダーライディングパンツと革ブーツを履いた貧弱な体の若者が椅子に猫背で座っている。
ズ子の前には、テーブルを挟んで椅子に座って、狐狸姫のキャラカップに入った飲み物を飲んでいる魔王真緒と、真緒の傍らに立つメイドの瑠璃子。
少し離れた窓辺の席には、ケットシーの黒猫『白夜』がノンアルコールの缶ビールを飲みながら、ケットシー新聞に目を通している。
ズ子は上目づかいに紅茶をすすりながら、真緒に言った。
「と、いうワケで『擬人化光線』を無力化させる装置を作るために、魔王城のラボ部屋を貸して欲しいでチュ……人間に助けを求めるのは不本意でチュが、今回は頭を下げて頼むでチュ」
立ち上がってペコリと頭を下げるズ子に続いて、人間姿のフレッシュ王子も立ち上がって頭を下げる。
真緒がいつもの、のほほんとした口調で言った。
「頭を上げてズ子さん。うん、いいよ自由に好きな部屋を使って……瑠璃子さんも、いいよね」
「真緒さまが承諾なさるのなら、あたしは別にいいですけれど」
ズ子は、足を組んで新聞を読んでいる白夜に質問する。
「なんで、あんたはネコのままなんでチュか? こっちに擬人化光線は飛んでこなかったでチュが?」
新聞を膝に置いて白夜が答える。
「少し前に赤い光線が飛んできたが爪で弾いたら、城の壁に反射してジグザグにどこかへ飛んでいった」
「そ、そうでチュか……飛んできた赤い具現化光線を弾いたでチュか……青い擬人化光線の方は、ナニを擬人化しているのか見当もつかないでチュ。
見慣れない人間がいたら擬人化した人間かも知れないでチュ」
ズ子の話しを聞きながらくずし腕組みと顎先触りのポーズで、何かを考えていた瑠璃子が口を開く。
「そう言えば、魔王城の敷地内や城内に知らない人が、ちらほらと歩き回っていて……もしかしたら、アレが?」
瑠璃子がそう言った時、ドアを開けて青いエプロンをしてデニムジーンズ姿で片方の目を眼帯で隠した若者が、モップを持って入室してきた。
眼帯をした若者が言った。
「瑠璃子さん、ダンジョン通路の掃除終わったでクマ」
瑠璃子は、語尾が『……クマ』の若者を凝視してからポツリと言った。
「あなた、悪魔インディゴ? 擬人化すると、そんな姿になるんだ」
その時、部屋に狐狸姫の等身イラストが描かれた抱き枕を抱えた。執事の荒船・ガーネットが入ってきて言った。
「真緒さま、困ったコトが起こりました」
「どうしたの? 荒船さん」
「真緒さまがクリーニングを依頼した、この抱き枕なのですが……ほれ、さっきみたいに喋ってみろ」
抱き枕のイラストは何も喋らない。
頭部だけをナゲナワクモ怪人に、部分怪人化させる荒船・ガーネット。
「??変ですね? さっきは、口が動いてペラペラと悪態をついていたのに?」
「荒船さんの見間違えじゃないの? ボクとしては抱き枕とお話しできた方が楽しいんだけれど」
この時、ズ子は抱き枕に描かれている、狐狸姫のイラストの片方の眉が少しづつ下がり、嫌そうな表情に変わったのを見た。
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