この教室、何かおかしい (直近作品クロスオーバー)

春嵐

この教室、なんかおかしい

 この大学。


 何かおかしい。


 ここがこう、とは言えないんだけど、とにかく、何かおかしい。


 区分上は特殊職業交流関連センターというらしくて、ど田舎の街になぜか突然できた大学ではない大学、いや国が設立に何枚か噛んでるので第四ではなく第三セクターの大学もどきなんだけども。


 細かい話は置いといて。


 この教室。


 おかしい。


 最前列にいる三人組。女性二人と男性一人。あきらかに、いちゃいちゃしてる。まず最前列でいちゃいちゃしてるのがおかしい。いちゃいちゃしやがって。


 しかも。


 三人が三人、全員でいちゃいちゃしてる。もしかして、三人とも付き合ってるのかな。ありえない。おかしい。一人は色が浅黒くて、一人は肌が白くて、一人は男。


 ううん。気になる。どうなってるんだろ。百合の間に男が挟まってるのかな。それとも、二人で男を取り合ってるのかな。



 で、中列左側。窓側。なんかぼそぼそ呟いてる男の人がいる。こわい。自分の席に近いから呟きが聞こえてきちゃって、なんか窓の外に向かって三ヶ月の留学がどうこうとか言ってる。こわい。


 こわくて中列右側、廊下のほうに移動したんだけど、こっちには女の人がひとりだけぽつんと座ってて。しかもこれが、また、廊下側の壁に向かってぼそぼそと何か呟いてるの。私の唄はどうだったとか、海外旅行みたいで楽しかったね、また行けたら行こうねって。壁に向かって。呟いてる。


 こわい。こわすぎる。中列こわすぎ。この二人の呟きがこわすぎる。なにこれ。窓の外と廊下にそれぞれ人がいて、交信でもしてるの。こわいよお。こわすぎるよお。



 でも後列には下がれない。だって後ろの席、他の人とはなんかオーラが違う人が二人いるもん。こわいの。とってもこわいの。中列はさいこほらーだけど、後列は物理的なこわさ。肉体が感じるきょうふ。


 女の人と男の人が、手を握って、お互いに何か食べさせあってるの。いや、それだけなんだけど、なんかこう、身体があの二人には近づいてはいけないって、そういう信号を受信してる。こわい。あっキスした。


 えっ。口移しなの。え、うそ。鳥なのかな。


 もうやだあ。なんなのここ。こわいよお。


 最後列。最後列はもう、なんか、だめだ。四人いるんだけど、中年男性は漫画か何か書いてて、その奥さんらしき若い人はトーンとかベタとかやってる。ここで作業してんのかよ。


 その隣。若い女の人は、なんかさっきからずっと肉まん食べながら漫画読んでるし。机の上漫画山積みなってるし。若い男の人は、女の人のことずっと見てるし。純情か。思春期か。


 だめだ。最後列はなんかもう講義とか、そういうレベルじゃない。



「となり。いいですか?」


「え、あ」


 女性。ひとり。


「どうぞ」


「やった。先に座って」


「え?」


「どうも。ありがとうございます」


 なんだ。二人いたか。いやいや。ひとりだけ、だったよな。え。でも二人いる。うそ。どういうこと。忍者とか、そういう家の者か。


 隣に座った。ということは、確かに存在している。でも、座るまでは、全く見えなかった。どゆこと。


 しかも。いきなり。座ってすぐに。私に声をかけてきたほうの胸に埋まりはじめた。え、うそ。おんなのこどうし。なぜ。最前列以外にも存在するのか。なんだこれ。


「見える?」


「見えねえ」


 いや見えないのは胸にうずまったからですよね。どうしよう。なんかすごいところに飛び込んできてしまったかもしれない。


 教室の扉が開く。


「まにあったっ」


「ね。運が良いから間に合うのです」


「いやぎりぎりだから」


 ふたり。入ってきた。男と女。


「あ、ここいいですか?」


「どうぞ」


 なぜ狙ったように中列に。私の隣に来るのよ。


「間に合ったけど。どういう授業なのかな。当てられるかな?」


「当たるのと当たらないの、どっちが運良いときなの?」


「こたえがわかってるときだけ、当たります」


「うっわ幸運」


「そっちは?」


「普通。番号順とか」


「うわ普通。ん?」


 女のほう。何かに気付いた。


「隣の隣。見える?」


「うん?」


 あ、私の隣の、胸にうずまってる人に気付いた。やっぱり、いるよね。存在してるよね。


「隣の隣。女の人がひとりだけ、かな」


「ううん。ふたりいる」


「ふたり?」


 あ、やっぱ見えてないよね。なんかおかしいよね。


「ひとりじゃない?」


「ふたりいるよ。声かけてみようかな。すいません」


 ああもうだめ。もう限界。


 立ち上がった。


「はいみなさんっ。注目してくださいっ」


 声を張り上げる。


「いまから講義を始めますっ」


 やっていけんのか、この教室。


「生徒のふりして座っててごめんなさい。私は、ここのセンター長です。よろしく」


 拍手だけが、なぜか盛大。


「入ってきてください」


 私の好きな人が、入ってくる。


「彼は私の」


「恋人になりたいっ。あなたのことが好きっ」


 助手って言う前に、最前列から大きな声が挙がった。


「あ、付き合ってるんですか。おふたり」


「お、センター長。隅に置けないね。イケメンやん」


「まだ告白してないんだ。初々しいねえ」


「ね」


 方々から声が上がる。おい窓際と廊下。呟き聞こえたぞ今。ってか聞こえるように呟いたな今。


「助手っ。助手で副センター長っ。恋人では」


「あ、この前ダンスフロアにいたふたりだ」


「ほんとだ」


 後列の手を繋いでるふたり。


「えっ」


「あ、私たちも昨日いたんですよ。ダンスフロアに」


 なぜダンスフロアにいるんだよ。部屋にいろよ。ダンスすんなよ。


「もう。とにかく。講義の流れを説明しますっ」


「やったっ。センター長の隣に座ってた。運が良いねっ」


「でも、なんかセンター長が講義するわけでもないっぽいし、普通じゃないかな」


「ええと、私は講義いたしません。いたしませんので。いまから外部の講師と回線を繋ぎますので。ちょっと待ってくださいね。おっと」


 胸にうずまってる女の人につまづいた。


「ごめんなさい。見えてなくて」


「ええそうですよ。私の胸はないですよ」


「え、違っ」


「ほら。通してあげなさい。ごめんなさい。この子、自分より胸がある相手には見えない体質なんです」


 どけえええ。邪魔だあああ。おまえより私のが胸がないんじゃあああ。


「はい。ええと、プロジェクタを」


「俺がやります」


 彼が、最後列に向かう。


「あっ最後列は」


 やばいやつらの巣窟だよ。漫画と肉まんと思春期だよ。


「え」


 彼が、立ち尽くす。


 だよね。最後列、終わってるよね。態度とか。


「執相さん、ですか」


「え、あ。はい。執相です。こちらが我が嫁、こちらが姫殿とその恋人になります」


「え、ええ。うそ。こんなところでお会いできるなんて。アポネスの貴族、毎週読んでます」


「あら。それはどうも。お読みいただきありがとうございます。今回のお見合い編はですね、この隣にいる姫殿とヒノウ殿、このおふたりの馴れ初めをモチーフにしておりまして。おふたりの恋愛模様をしっかりがっつりと描かせていただこうと思いましてね」


「すごい。漫画のモチーフのかたなんですか。ファンです」


「どうも」


「どうも。肉まんどうぞ」


「ありがとうございます」


「すいませえん。プロジェクタを。プロジェクタをおねがいしまあす」


 もうだめだ。だめだ。終わった。





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この教室、何かおかしい (直近作品クロスオーバー) 春嵐 @aiot3110

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