リバイバル・シンギュラリティ
ポム丸
プロローグ
第1話 戦場と午睡(1)
眼前を千切れた手足が舞った。
「ぼく」のではない。かと言って他の誰のものかも分からない肉片は、重力に囚われ地に落ちるまで綺麗な弧を描いた。遅れて回線に乱れ混む悲鳴と怒号。
『分隊長がやられた! ポイント・ブラボーまで後退しろ!』
『2時の方向に新たな敵影を捕捉。残存部隊は至急迎撃せよ』
『ふざけんな! こっちは陣形を保つので手一杯で……グアッ!』
一拍置いて耳をつんざく様な破裂音が弾け、すぐに注意が逸れた。迫撃砲と直感した体が自動的に飛び上がり、「ぼく」はさっきまで突っ立っていた場所が穴ぼこになる前に塹壕へ潜り込む。
土くれをひたすら掘り上げた仲間たちの汗と努力の結晶は、しかし避難地帯の役目を果たす前にちょっとした棺桶に早変わりしていた。いやゴミ捨て場の方が正しいだろうか。
さっきまで銃をぶっ放していた戦友たちは四肢があっちこっちに向いたままで横たわり、中にはその一部をどこかに置き忘れ、代わりに顔や腹から赤に近い黒とピンクの光沢を放つ諸々の内容物を公開していた。
「痛ぇ……痛ぇよぉ……」
「母さん……どこ? 暗くて良く、見えな……」
きっとこの戦いが終わればどこからともなく野鳥が飛んできて、曇天の下で堂々と取引される秘密の商売が始まるに違いない。
さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここだけの大決算セールだよ。胃腸、心臓、肝臓、腎臓、膵臓に胆嚢。今ならサービスで膀胱も付いてくる! そこのカラスの奥さん、ちょっとこの角膜味見しないかい?
もっとも姿形が残れば幸運な方だ。如何に「ぼく」たちが着ているパワードスーツが最先端の人工筋肉で編み込まれ、車より速く走り機関銃の直撃に耐えられるとしても、相手が奴らでは木っ端微塵になるのもそう珍しい話ではない。
腹を括って穴倉から身を乗り出せば待ち構えるのは、鈍重な足音を隠そうともせず近付いてくる鋼鉄の化け物たち。
人型、犬型、戦車型……バリエーションに満ち満ちたフォルムの中で唯一共通する赤い一つ目が爛々と輝き、大口径のバズーカやガトリング砲を担いで次に駆逐すべき獲物を吟味している。
そんなのが何百、何千と闊歩する光景は地獄絵図そのものだ。
弾は空っぽ、分けてくれる味方も皆無。ならばと手元に残るのはブレード1本の有様。
今日はもうお終いにしよう。「ぼく」はもう何度も味わった絶望的状況に苦笑し、ブレードを握って殺人ロボットの軍勢に突っ込んでいく。
数分か数十分か。奇妙に間延びした感覚の中で夢中になって敵を切り刻んでいるうちに、ふと脚が吹き飛んでいることに気付いた。次いでどこからともなく飛来した弾が腕と胴をこそげ取っていく。
そうだ。今日はもうお終いにしよう。力尽き倒れてなおも浴びせられる弾丸の雨に「ぼく」の意識が削り取られる。
鉛弾が頭蓋にめり込む馴染み深い感覚を刻み込んで。
◆◆◆◆◆
また、流れ込んできた――
胸糞悪い映像が途切れ、微睡みの境目から鈍く疼く頭痛によって意識が浮上すると、そこは数時間前に辿り着いた地下壕の中だった。
空気が悪く狭苦しい空間はすし詰め状態で、隣にはいつの間にか呼吸の浅い男が居座り、前方には全身を血で汚した男たちが横たわり呻いている。
腹の底が揺れるほどの振動と何かが崩れる音。天井のランプも不安定に揺らめき、頭上に埃が舞い落ちる。さっきから感じた息苦しさはこれのせいか。
しかしこの様子では敵は近くまで迫っているのは明白だ。迎え撃つにしても逃げるにしてもそろそろ出なければ。そう思い立って傍らに立て掛けた使い古しのAKを取った矢先だった。
「そこのお前! 上で同胞たちが苦戦している! 応援に行くぞ!」
どうやら早速お声が掛かったらしい。目を付けられた運の悪さを呪う間もなく日の射す出口へと向かう。段々と強くなる火薬と鉄と肉の焼ける臭い。
全くもってツイてない。指名されたことも。こんな場所に居る我が身の上も。そしていくら慣れているとはいえ、あの夢を見たことも。
別に気分の良くなる内容を見せろなんて贅沢は言わないから、せめて何も映さないでほしかった。
眠りの中でも戦い、目が覚めても戦うなんて最悪の始まり方だ。
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