通勤電車で会う女子高生に、なぜかなつかれて困っていない


 ……好き。


 誰かに告白される夢を見たことがある。

 顔はわからない。声は聞き覚えがある。だが、嬉しかったという感情はハッキリとあった。


 とても印象的なその夢。

 あれは何だったのだろうか……。


 もしかして、俺は自分の知らないところで『彼女』と出会い、知らないうちに恋をしていたのか?


 だからあんな夢を?


「まさかな」


 朝七時三十分。

 いつも通りの時間、いつも通りの電車で俺は通勤をしていた。


 各駅停車に乗っているのは満員電車が嫌いだからではない。

 俺はこの時間にやってくるあの子に会うために、この車両に乗っているのだ。


 目を閉じ、静かに電車の走行音を聞いた。

 そしてドアが開く音。


 何人かの足音に交じって、軽やかな靴の音が俺の傍で止まる。


 そしてフラットテンションの彼女の声がした。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 目を開けると、隣に女子高生が立っていた。

 長袖のシャツの上からベストを着用し、短めのスカートがふわりと揺れる。


 俺は通勤中のこの時間を、一番大切にしている。


 少しの雑談を挟んだ後、結衣花はなにかを思い出して顔を上げた。


「そういえば、音水さんは絶好調だって言ってたよ」

「……俺のところより結衣花の方へ連絡かよ。寂しいなぁ」

「やっぱり女同士の方が話しやすいからじゃない?」


 結衣花と音水って少し前までほとんど接点はなかったと思うのだが、今はまるで親友のような間柄らしい。


 どっちもコミュ力高めだから、仲良くなるのはすぐだったかもしれないが、意外な組み合わせだ。


「で……。楓坂さんは、ちゃんとやってる?」

「やってはいるが、俺は大変だ。やることなすことに、『こっちの方がいい』とか言ってくるだぜ?」

「あー、なんとなく二人がいい合ってる姿が目に浮かぶ」


 そうなんだよな……。

 今俺は、楓坂の教育係を任されているわけだが、これがかなり苦戦している。


 スペックが高いのに肝心なことを知らないから、こっちのペースで教えることができないのだ。


「でも、うまく行ってるんでしょ?」

「まぁな。楓坂は自分の意見をハッキリ言うが、折れるところは折れてくれるから」

「わかってるじゃん」

「結衣花にドヤ顔されるとはな……」


 結衣花の言う通り、多少困ることはあっても、俺達はうまく行っている。

 先日も大型案件を受注したところだ。


 全てが順調に進んでいる。


 だけど、全く問題がないわけではない。

 それは、俺と結衣花の関係だ。


 結衣花が心配そうに訊ねてきた。


「ねぇ、お兄さん……」

「どうした?」

「やっぱり女子高生になつかれるのって困るんじゃない? この前みたいな人が来るかもしれないし……」


 社会人と女子高生が将来一緒になろうと約束することは、ロマンチックではあるが批判される場合もある。


 すでに結衣花の親の承諾は得ているが、だからと言って世間の目をまったく気にしないわけにはいかない。


 彼女が卒業をするまで、現状維持を続ける必要があるだろう。


 だが、心配はあっても不安はない。

 俺は必ず、彼女を幸せにできるという自信があったからだ。


「そりゃあ年齢も離れてるし、これからいろいろあるだろうさ。でも、本当に大切にしたいなら手放しちゃいけないと思うんだ。俺の結衣花への気持ちはずっと変わらないよ」


 俺は自分の気持ちを素直に言った。

 すると結衣花は口をポカンと開けて硬直したあと、あたふたしながら下を見る。


「……な、……なんで、そんなカッコつけたセリフをここで言うかな……」

「俺的には結構キマッたと思ったんだが……ダメか?」

「時と場所があるでしょ。ここ電車の中だよ」

「大丈夫。他の人に聞こえてないって」

「絶対、聞こえてるって」


 恥ずかしさからなのか、それとも本当に怒っているのか。

 結衣花は小さな手を軽く握り、痛くないていどに俺の腕を叩く。


「もーっ」

「そんなにポコポコ叩くなよ」

「お兄さんはいつもこうなんだから。もーっ」

「悪かったよ。次は注意する」

「もーっ、もーっ」


 二回、三回、四回、五回……。


 甘えるように彼女は俺の腕を数回叩いた後、しずかに近づいた。


 そして、腕を二回ムニって言う。


「お兄さん」

「ん?」

「……好き」


 とても自然。

 強弱が感じられない声。

 まるで水面に波紋が広がるような響きだ。


 俺は優しく答える。


「ああ、知ってるよ」


 好きだよ、結衣花。



 ――完――



■――あとがき――■


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

正直なところ、この『通勤電車で会う女子高生』を書き始めた当初は、もう書籍化デビューを諦めていました。


ですが、読者様の温かい応援に支えられて、こうして夢を叶えることができました。

本当に、本当にありがとうございます。



また最新作

『クール系幼馴染が引っ越すと聞いて告白したのに、新しい家族として紹介された義妹は彼女だった』

の投稿を始めました。

よろしければ、こちらも読んで頂けると嬉しいです。


◆リンク先

https://kakuyomu.jp/works/16816700426464326556



これからも応援して頂けると嬉しいです。

最後になりますが、本当にありがとうございました。


甘粕冬夏

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