おまけエピソード

短編・くしゃみの理由は?


 いつもの時間……、いつもの通勤電車で、女子高生の彼女は俺に挨拶をしてくれる。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 ミディアムショートのかわいい女子高生。

 特別なことは何もない。

 そう、普通だ。


 だけど俺はこの何気ない当たり前のやり取りに、最高の幸せを感じている。


 そしてお決まりのように、俺の腕を掴んだ結衣花だったが…、


「くしゅん!」


 結衣花のくしゃみなんてめずらしいな。

 かわいいと思ってしまうのは、俺がオッサンだからか?

 いやいや。これは俺の愛情があってこその気持ちだ。

 つまり俺はオッサンではない。うんうん。

 

「もしかして花粉症か?」

「ううん。昨日、お風呂上りに長電話しちゃったから、そのせいかも……」


 ……と、チラリと俺を見る結衣花。


「今、笑ってなかった?」

「笑ってないけど?」

「口元がなんか緩んでたけど?」

「俺の口元は緩むのが仕様なんだよ」

「欠陥品じゃん」

「返品すんなよ」


 ほらきた。いつもの結衣花の生意気トーク。

 まぁ、このくらいの方が俺にはちょうどいい。

 カレーだって少し辛いくらいの方が美味しいってものさ。

 辛すぎは勘弁だけど……。


 それにしても風呂上りの電話で体調を崩すなんて……。

 結衣花ってしっかりしているようで、たまに抜けてるところがあるんだよな。


 花粉症じゃないっていうなら、風邪の引き始めかもしれないってことじゃん。

 しゃーねぇな。


 カバンを持つ手を変えて、右手を結衣花のおでこに伸ばした。

 ――と、ここで彼女は逆三角形に口を開く。


「あ! おでこで熱を測ろうとしてる!」


 ガシッと俺の手を掴んだ結衣花は、ムスッとした表情でそう言った。


「お……おい。誰でもやることだろ」

「電車の中とか恥ずかしいでしょ。むーっ」

「誰も見てないって」

「わかんないじゃん。とにかくおでこはダメ」


 ちぇ。おでこくらいいだろ。

 やましい気持ちなんてないんだし、結衣花のことを気遣っての事なんだぜ?

 

 ……いや、待てよ。

 もしかして、顔に触れて欲しくないとか?

 女子高生でもメイクをするっていうし、本当は恥ずかしいとかではなく、そっちが理由か?


 でも……、うーん。

 顔が赤くなっているってことは、やっぱり恥ずかしいのか?


 ここで俺は、あることに気付く。


 車内にいる人達が、こっそりこちらを伺っているのだ。

 俺が考えていた以上に、おでこで熱を測るというのは目立つ行為だったということだろうか?


 だが、その視線はある一点に集まっている。


 俺の手だ!

 俺の手をガシッと掴んでいる結衣花の手だ!!


 うおぉぉぉぉ!!

 しまったぁぁぁぁぁ!!


 これじゃあ朝の通勤中に手を繋いでイチャイチャしてるバカップルみたいじゃないか!!


笹「……なぁ、結衣花。……電車の中で手を握りしめてる時点で、十分に恥ずかしくないか?」


 そういうと結衣花はさらに顔を赤くする。


 赤い赤い。

 完熟トマトよりも美味しそうな赤さだ。

 

 だけど結衣花は手を離さない。

 それどころが、さらにギュッと握りしめた。


 彼女の表情は、恥じらいや好意や親しみや、いろんな感情が混ざり合っている。


 そんな結衣花を見て、俺は思わず顔がほころんでしまった。


 ……ったく。

 照れ屋さんなのか、大胆なのかわからんやつだ。

 まぁ、そんなところも可愛いわけだが。


「……なに?」


 結衣花が俺の視線に気づいて訊ねるので、いつものように返事をした。


「いや、なにも」

「あ、にやけてる」

「だから、仕様なんだって」


 今日も俺の和やかな一日は平常運転らしい。


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通勤電車で会う女子高生に、なぜかなつかれて困っている 甘粕冬夏【書籍化】通勤電車で会う女子高生 @amakasu-touka

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