いつも通りの時間、いつも通りの電車の中で


 月曜日の朝、俺はいつものように通勤電車に乗っていた。

 そして結衣花と挨拶をする。


「お……おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 俺の顔を見た結衣花はすぐに下を向いた。


「なんか、くやしいな」

「なにが?」

「だって……私は昨日会えなくて、いろいろ考えてて、どうしようってなってたのに、お兄さんは普通なんだもん」


 もちろん俺だっていろいろ考えた。

 でも今は、音水や紫亜が励ましてくれたおかげで、落ち着きを取り戻している。


 逆に結衣花がそんなふうに考えていたことを知って、イジワルではあるが、嬉しいと感じてしまう。


 そして結衣花が腕を掴んだ時だった。


「そこにいるのは笹宮和人じゃないか!」


 サーファーのように日に焼けた肌が特長の、イケメン男が近づいてくる。


「確か、バベル社の安久川あくがわさんですよね……」

「覚えていてくれたかい! さすが、デキる男は違うねぇん」


 二日前にも会ったが、このおちょくるような口調は好きになれないな。


 安久川は俺の前に立ち、ニヤリと笑う。


「単刀直入に言おう、笹宮和人。お前、疑似直感AIのレポートを持ってるんだろ? 張星から聞いてるんだよねぇ。それ、渡せよ」


 安久川が言っているレポートとは、バレンタインイベントの時に、旺飼さんから渡された『四季岡レポート』の事だ。


 俺には理解できない部分もあったが、そこには確かに疑似直感AIの詳細が記載されている。


 まさか、ターゲットは俺だったとは……。


 そういえば、バレンタインイベントの時に襲ってきた張星も、四季岡レポートを狙っていたっけ。


「……お前か。張星に指示を出していた奴は」

「アタリィ! そして……これさ!」


 安久川は手に持っていたスマホで動画を流した。

 そこには俺の腕を掴む結衣花の姿が映っている。


「コレを証拠に、社会人が不純異性交遊をしているって公表したら、お前……、終わりだろうなぁ」


 次世代AI展で会った時、なぜ結衣花のことを知っているのか気になったが、そう言う事だったのか。


「俺達は確かにいつも一緒にいる。だが、やましい事なんてしていない」

「それマジで言ってるわけ? 動画だけじゃない。この車両にはお前達以外にも何人も人が乗ってるんだぜぇ! 証人なんて、腐るほどいるんだよぉ!!」


 すると安久川は両手を広げて、同じ車両にいる乗客たちに呼びかけた。


「そぉ~ですよねぇ~ッ! みなさぁ~ん!! こいつら、毎日イチャついてましたよねぇ!?」


 俺と結衣花は習慣で、毎日同じ車両に乗っている。

 だが、それは俺達だけじゃない。


 他にも毎日この車両に乗り続けている人達がいる。


 無論、知り合いではない。赤の他人だ。

 社会人と女子高生の関係を疑う人もいるかもしれない。


 もし、誰か一人でも証人として声を上げれば、俺と結衣花の関係は……終わりだ。


 緊張の中、二十代くらいの女性が手を上げた。


「私……見ました」


 くっ……。ダメなのか……。

 この状況を乗り切る唯一の方法は、四季岡レポートを渡すこと……。


 だが、ただでさえ問題の多い技術だ。

 それをこんな脅しをするような奴に渡せば、どうなる?


 一方、手を上げた女性は言葉を続けた。


「私……、その日焼けした男が、女子高生を隠し撮りしているところを見ました!」

「な、なにぃ!?」


 全員が驚いた。

 俺も驚いたが、一番驚いていたのは安久川だろう。


 そして次々と乗客たちが声を上げる。


「俺も見てたぞ!」

「あたしも見たよ。変態はあの男さね!」


 俺は昨日紫亜から聞いた、ルービックキューブの話を思い出していた。


 バラバラだったものが、ひとつに繋がっていく感覚。

 そこにある心強さは、才能や権力では得られない安心感をもたらしてくれた。


 そして俺達の一番近い位置に座っている、太り気味のオジサンが、安久川に言う。


「君さぁ、バカだよねぇ。この車両に乗っている乗客なら、あの二人にやましいところがないことをみんな知ってるんだよ」

「ぐぎぎぎぎ……」


 怒りと混乱で顔を歪める安久川。

 ついさっきまで勝ち誇った表情をしていた人間とはまるで別人のようだ。


 ……と、ここで騒ぎを聞きつけた乗務員がやってきて、安久川に声を掛けた。


「ちょっと、お客さん。騒ぎは困りますよ」

「乗務員さん!! 聞いてくれ!! 社会人の男が女子高生と不純異性交遊をしてたんだ! 証拠もある! あの男を逮捕してくれ!!」


 だが乗務員はとぼけた表情で、首を傾けた。


「何言ってるんですか? 彼らは普通に話をしているだけですよ」

「はぁ?」

「だから……、そんな動画を取っている時点で、君が盗撮魔ってことだね。悪いけど会社には連絡させてもらいますよ」

「はあぁっ!? おい! 待てよ、おい! こんなのおかしいだろ!!」


 ずる賢い安久川も盗撮魔として会社に報告されれば、処罰を免れることはできない。


 今までにないほど取り乱した安久川は、俺に向かって叫んだ。 


「笹宮! てめぇ、その女子高生となんかあるだろ! ないわけねぇだろ!! 答えろ!! この犯罪者!!」 


 大人と女子高生が一緒にいることは、おかしいと思われるかもしれない。


 だが、俺にはそんな理屈を跳ねのける自信がある。


 いや、与えられた。

 今まで出会った人たちに、そして知り合いでもなかった同じ車両に乗る人たちに、俺は誰にも負けない自信を貰った。


 だから――、俺は迷わず言える。


「この子は……、結衣花は、将来俺が嫁にする女性だ。お前なんかにとやかく言われる筋合いはない」

「嫁!? 女子高生だぞ!」

「彼女が大人になるまで待てばいいだけの話さ。待つことに何の問題があるんだ?」

「く……ぐぐ……が……!」


 そして電車が次の駅に到着すると、安久川は事情聴取のために連れて行かれた。

 こんな問題が発覚すれば、もうバベル社も悪さはできないはずだ。


 再び走り出した電車の中で、俺は同じ車両に乗る人達に頭を下げる。


「あの……、皆さん。ありがとうございました」


 すると、近くにいたオジサンが言う。


「僕達は、いつも通りの時間、いつも通りの電車に乗っていただけですよ」


 そして乗客の人達は少しだけ優しい顔を見せた後、まるで何もなかったように普段の日常へと戻って行く。


 当たり前のように日常を過ごす人達に、俺は心から感謝をした。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


最終回まであと二話。

次回、楓坂の転機。


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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