展示会の散策
楓坂と別れた俺と結衣花は、展示会会場を散策することにした。
数多くの出展ブースを見ながら、俺は結衣花と話をしていた。
「それにしても、今回の次世代AI展はいろんな企業が参加しているな」
普通の展示会は西と東で別々のイベントを開催することが多いのだが、今回の次世代AI展は両方で行われている。
散策とは言ったが、少し歩いてすぐに終わるようなことはない。
と、ここで結衣花はあるものを見つける。
「お兄さん。ドローンのデモンストレーションがやってるよ」
「お。本当だ」
彼女が指さす先には、ネットに囲われたブースの中で、空中を自由自在に飛ぶドローンの姿があった。
どうやら自動操縦のテストを行っているらしく、こちらの動きを察知して飛んでいるようだ。
今でこそドローンは誰でも知っているものになったが、こうして生で見る機会はそれほど多くない。
ネットのすぐ近くで見ていると、ドローンはまるで俺達に挨拶をするかのように近づいてきた。
「わっ!?」
まるで意思を持っているかのように動くドローンを見て驚いた結衣花は、俺の腕に掴まった。
その表情が結衣花らしくなくて、俺はつい笑ってしまう。
「ふっ……。はははっ」
「ん~。どうしてここで笑うかな……」
「だって、普段はあまり表情に変化がない結衣花が、素で驚いたからさ」
初めて会った時はフラットテンションの姿勢を崩すことは全くなかったが、今はこんなに表情が豊かになった。
彼女が持つ包容力は変わらないが、同時に本来の純粋さがより一層輝き始めたように見える。
そんな事を考えいた時、再びドローンが近づいてきた。
今度は俺のすぐ近くだ。
「うおっ!?」
「あははっ。お兄さんこそ、驚いてるじゃん」
「……しかたないだろ。油断していたんだ」
ったく、嬉しそうに笑いやがって。
本当に表情豊かになったもんだぜ。
今度は違うフロアのブースに行ってみる。
そこはまるでモデルルームのようなブースで、リビング中央には子猫がいた。
甘えるように近づいて来る子猫を見て、結衣花は不思議そうに頭をなでる。
「この子猫ってペットロボット?」
「ああ。最近のって、本当にリアルだよな」
「うん。パッと見た感じだと普通の猫ちゃんだよね」
結衣花はねこじゃらしの代わりに、自分の指をひょいひょいと動かして見せた。
すると子猫はゆっくりではあるが、その動きに反応してじゃれようとしてくる。
「すごい。私の動きに合わせて甘えてくる」
「お利口さんだな」
「そうだね。お兄さんも見習った方がいいんじゃない?」
「そんなことを言うなら、結衣花の頭に猫耳を着けるぞ」
「いいもん。お兄さんの頭にも猫耳を着けるから」
ふっ……。面白いことを言う結衣花だ。
俺の頭に猫耳か……。
「なあ……。それって、結衣花にも精神的ダメージが入らないか?」
「……そうだね」
するとブースの管理をしていた男性が電話をし始めた。
そして慌てるようにその場を離れていく。
あ~、あの様子だと仕事でなにかミスをして、上司に呼び出されたか……。
なんか会社員をやってると、電話を受ける反応を見るだけで、なんとなくわかっちゃうんだよな。
こうして住居型のブースには俺と結衣花だけが取り残された。
ブースはかなり広く、俺達に周辺には人はいない。
たぶん近くにある人気のブースに人を取られているのだろう。
ま、おかげでゆっくりできる。
ちょっと休憩する気持ちでゆっくりさせてもらおう。
すると結衣花が、子猫ロボットをなでながら話し始めた。
「私、お兄さんと出会ってなかったら、コミケ以外の展示会なんて来ることなかったと思う」
「それは言いすぎだろ」
「ううん。だって、こんなに面白いことが開催されてるなんて全然知らなかったもん」
俺はよく展示会の仕事をしていると閉塞感を感じる。
空が見えず、時間感覚が狂いやすいこの場所が苦手だった。
なにより、楽しそうにしている来場者と、才能豊かな出展者達を見ていると劣等感を抱く時が多かった。
だが、今はまったくそんな気がしない。
むしろ……心地いいとさえ思える。
それはきっと、彼女が傍にいるからだろう。
「俺も……そうかもな」
「どういうこと?」
「俺は絵も描けないし、動画制作もできない。突出した企画も狙って出せるわけでもない。でも、こうして結衣花といろんな場所を見て回ることができて、俺にもできることがあるんだと思えるようになった」
「……迷いがなくなったって感じ?」
「そうだな」
「ふぅん。大人になったね」
「それを女子高生が言うか?」
「ふふふっ」
優しく笑った彼女は、急に静かになった。
そして……、
「ねぇ、お兄さん」
「ん? なんだ?」
「私ね。お兄さんのことが好きです」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、結衣花の告白に笹宮はどう答える?
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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