七夕川美桜
「和人さん……」
ホテルのラウンジのようなカフェの隅で、
「そう……呼んでいい?」
「……ああ、構わないぞ」
いろんな人と話をしてきたが、こうして下の名前で呼ばれたのは本当に久しぶりだ。
女性からだと初めてかもしれない。
元カノだった雪代ですら、俺のことは苗字で呼んでいたからな。
「それで、なんで美桜はバベル社なんかにいるんだ?」
「バベル社はバイトで入っているだけ。この縁談もバベル社は関係ない」
「じゃあスパイってわけじゃないのか」
美桜は無言でコクンと頷く。
以前会った時に比べて話をしてくれるようにはなったが、やはり口数は少ない方だ。
喋り方もどこかぎこちない。
「……その、……和人さんと話がしたかったから。年齢をごまかしたり、いろいろ無理を言って縁談の場を用意してもらったの」
俺と話したかった?
それだけの理由で?
しかし縁談の場となると、一人で何とかできることじゃないだろ。
そこまでして俺と話す理由なんてあるのだろうか。
「えっと、ちゃんと聞いたことなかったけど美桜って年齢いくつなんだ?」
「十八。今高校三年生」
ということは結衣花と同じか。
まぁ、髪型とメガネをカモフラージュしているけど、よくよく見ると幼さが残る十代の顔なんだよな。
でも……と美桜は言葉を続ける。
「もう大人と同じだから、大丈夫」
「いや、大丈夫と言われてもな……。さすがに社会人と女子高生はヤバいだろ。もしかして秋作さんが仕組んだことなのか?」
「違う」
さっきまで控えめに話していた彼女は、急にはっきりとした口調で言い切った。
顔を上げた彼女の目には、さっきまでのオドオドした様子はなく、瞳には決意を固めた真剣な光が宿っていた。
「四季岡……と言うより、秋作さんは……化物。あの人のことを信用しちゃダメ」
美桜も四季岡ファミリアの一員だ。
なのにそのリーダーを否定しているのか?
やはり美桜はスパイ?
「……どういうことだ?」
「今回公開するシステムの本質は、ブロックチェーン・ルービックキューブ構造の技術が要。それが問題」
「たしか疑似直感AIの技術だよな?」
「結果的にはそうだけど……、アレは制御不能なAI技術なの」
そして美桜は小さなUSBメモリを俺の前に置いた。
「そこにまとめてある。後で読んで」
「あ……、ああ」
どうやら今回の縁談はこれを俺に渡すことが目的だったということか。
しかし制御不能のAI技術って、SFとかだと大抵問題になることなんだよな。
なんだって秋作さんはそんなものを使おうとしているんだ?
「これを渡すためにわざわざ縁談を?」
「そう。でも……本当の理由はさっき言った通り、話がしたかったから」
「俺達、最近会ったばかりだろ?」
またオドオドした雰囲気に戻った美桜だったが、俺の言葉にブンブンと首を横に振る。
「私は……、和人さんのことをずっと前から知ってた」
「えっ?」
「イベント現場で何度か一緒になって、去年ならコミケの企業ブースで和人さんのことを見てた」
「コミケの企業ブース?」
コミケの企業ブースって、去年の八月の事か。
美桜はそういえばオブジェクトとかの設営サポートのスペシャリストだっけ。
あっ! もしかして!
「あの時、ザニー社のすぐ近くで建てていたド派手なブースって……」
「そう。あれはバベル社のブースで、その設営と管理をしていたのが私」
そうだったのか……。
覚えてるぜ。
とんでもないものを作っていたから、設営業者のおやっさんと一緒に呆れかえっていたもんな。
驚いている俺の前で、美桜は淡々と話を続けた。
「ハロウィンの時も近くにいたし、クリスマスの企画対決の舞台設置や段取りも私がサポートしていた」
クリスマスの事も覚えている。
企画対決そのものをコンテンツとしてしまうアイデアや運営能力は見事だった。
これを運営している業者は大したものだと、楓坂と話をしたことがあったっけ。
「私はずっと、和人さんを見てた。この前初めて会えた時、嬉しくて……、やっと……」
さっきまでオドオドしていた美桜の瞳が、感動の光で揺らいだ。
心の奥底に入り込んでくる切なさを帯びたその目に、俺は息を呑む。
「和人さん。私とお付き合いしてください」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、予想外すぎる展開に笹宮はどう答える!?
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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