相談と名案


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 旺飼さんから縁談の話をされた翌日の朝。

 通勤電車で俺はいつものように結衣花とあいさつを交わした。


 そして今日も結衣花は俺の隣に立とうとした……が、その時慌てて乗り込んできた男の肩が結衣花にぶつかる。


「あっ」


 結衣花は姿勢を崩して倒れそうになったので、すかさず彼女の肩を抱いて支えてあげた。


「大丈夫か?」

「うん。ありがとう」


 俺から離れた結衣花は恥ずかしそうに視線んを泳がせた後、再び俺の隣に立つ。


「今日は人が少し多めだね」

「そうだな」


 腕を掴んで二回ムニる結衣花。

 だが今日はいつも以上に距離が近い。というより、密着している。


「……少しくっつきすぎじゃないか?」

「今さら?」

「いつもは腕を掴んでいるくらいだろ」

「人が多いからこれでいいの」


 まぁ、確かにそうなんだよな。

 各駅停車って人が少なめだけど、駅によっては満員電車になる時もある。


 この路線はそこまで混雑しない方だが、今日はめずらしく人の密度が高めだ。


 当然ここまで密着すると、結衣花の胸が俺の腕に触れている。

 普通の男なら歓喜する場面なのだろうが、会社員の俺にとっては社会的死亡直前のスリルだ。


 といっても、最近結衣花はこうしてくっつくとすごく可愛らしい表情をする。


 こんなところを見ると、無下に突き放すことができない。


「そういえば、お見合いをすることになったんだ」

「ふぅん。そうなんだ」

「……あれ? 全然驚かないんだな」

「だってお兄さんだよ? 破談前提じゃない」

「さては俺のことをなめてるだろ」

「ちゃんと理解してあげてるの」


 まぁ、コミュ力がないことは俺も認めているし、反論はできないか。

 それに今回は特別だ。


「失敗していいんだよ。そのお見合いの相手っていうのがライバル企業の人だから」

「つまり……、スパイ活動のためにお見合いの話を持ち掛けられたってこと?」

「旺飼さんはそう言っていたな」


 今回の縁談の話はおかしな点が多い。

 だが、『相手に心を開かないこと』という解決策がわかっている以上、対策は簡単だと思っていた。


 しかし、結衣花は心配そうに話を続ける。


「でもそれって、逆に難しいと思うよ」

「なんで?」

「仲良くならないようにほどほどの関係を維持するのって、嫌われるより難しいでしょ」

「おもいっきり嫌われてもいいだろ?」

「相手はライバル企業なんでしょ? だったらこっちの弱みを見せちゃダメじゃない」

「あ、そうか」


 うっかりしてた。

 相手がライバル企業ということは、こちらが落ち度を見せれば悪評を立てられる可能性がある。


 そもそも産業スパイなんてするような奴らだ。

 少しでもマイナス要素を見せれば、そこをネタにどんな妨害をしてくるか……。


「……ヤバいな」

「ヤバいね」

「どうしよう」

「女子高生にそれを聞く?」

「今に始まったことじゃないだろ」

「堂々と言っちゃったよ」


 あきれるように言う結衣花だが、アゴに指を置いて天井を眺める。彼女が何かを考える時のしぐさだ。


「ん~。どうしたらいいかなぁ」

「頼りにしているぞ」

「ほんと、こういう時は情けないなぁ。カッコイイ時もあるのに……」

「え? 今なんて?」


 今、俺のことをカッコイイって言ったのか?

 結衣花が? 俺のことを?


 ひと回り年下とはいえ、そんなことを言われたら嬉しいじゃないか。


 と、ここで結衣花はピクンと動いた。


「んっ。これかな」

「思いついたか」

「うん。お見合いの場所ってどこなの?」

「都内のオシャレなカフェだ」

「お見合いってカフェでもするんだね」

「今はカジュアルなお見合いが増えているらしい」


 俺はスマホを起動して、お見合い場所になるカフェのホームページを開いた。

 広い空間を活かしたリゾート感のあるカフェの様子を、何枚もの画像で表現されている。


「へぇ。でもそれは好都合だね。じゃあ、私も一緒に行くよ」

「同席ってことか?」

「ううん。隠れてお兄さんに指示を送ってあげる」

「なるほど。それは心強い」

「このカフェのケーキ、美味しそう」

「……わかった。おごるよ」


 サクッと縁談を終わらせたあとは、結衣花とゆっくりカフェを楽しむか。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、お見合い相手登場!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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