最終章 笹宮の選択

通勤電車で始まる新学期


 いつもの時間、いつもの通勤電車に俺はいた。


 葉桜が目立つようになってきたが、まだ桜の木にはピンク色の花が咲いている。


 むしろ花びらが多く舞うため、春らしさがいっそう強調されていた。


 こうして車窓から外を眺めているだけでも、気分がいい。


 そして、彼女の声が聞こえる。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 久しぶりに見る結衣花の制服姿だ。

 胸が大きいためか、結衣花はブレザーの前を開けたまま着用している。


 無理にボタンを止めるとあからさまに胸を主張してしまうから、わざと開けているんだろうな。


 なにげなくそんなことを考えていると、俺の視線に気づいた結衣花が訊ねてきた。 


「なに?」

「いや、今日から高校三年生なんだなと思ってな」


 今日から聖女学院は一学期が始まる。

 そのため結衣花は高校三年生になるのだ。


「十八歳になったし、大人の魅力が増したって言いたいんだね。なかなか素直じゃん」

「勝手に俺の心を語ってからの上から目線っておかしくないか?」

「お兄さんだからセーフ」


 セーフじゃねぇよ。

 しかし俺と結衣花が出会ったのは六月だ。

 ってことは、もうすぐ俺達が出会って一年が経つんだな。


 一年か……。

 長いようで、短く感じる……。


「ところで私がいなくなってもちゃんとご飯食べてる?」

「俺はもともと一人暮らしだぞ。余裕さ」

「とか言って、夕食を一人で食べるのが寂しいとか思ってんじゃないの?」

「……」


 雑談の内容が久しぶりにあった熟年夫婦みたいになっている。

 飯の心配とか、どうなわけ。

 俺ってそこまで頼りないかな。


 とはいえ、夕食の時に寂しいと感じているのは否定できないのだが……。


 ピロリン♪


 おっと、この時間に届くLINEということは音水だな。


 最近買い変えた新しいスマホの画面を表示すると、元気いっぱいのメッセージが書かれていた。


『笹宮さん、おはようございます!』

『おう、おはよう』

『今日は新しいクライアントさんと打ち合わせですね。最高の後輩力をお見せします』


 そして奇妙な生物のスタンプ。

 背面が炎で燃えているのでやる気を主張しているのだろうが、スタンプの選び方が神がかっている。


 すると結衣花が頭を俺に近づけた。


「後輩さん、今日も元気だね」

「ああ。この明るさだけで最強だよ。……って、覗くなよ」

「そんな事より、別のLINEが来たよ」


 結衣花の言う通り、新しい通知が来ている。

 送り主は楓坂だ。


『笹宮さん、おはようございます』

『おう、おはよう』

『久しぶりに食事とかしませんか? あなたのマヌケな顔を見ないとイマイチお料理するモチベーションが上がらなくて』


 音水とは対照的に、楓坂はスタンプは使わず簡潔に目的だけを伝えてくる。

 その代わりに、毎回なにかひねくれたことを書く特長があった。


「楓坂さん。素直なのか素直じゃないのか、よくわかんないね」

「どんな顔をして文字を打ってんだろうな。……って、覗くなよ」

「まぁまぁ。そう言わずに」


 すると結衣花もスマホを取り出していじり始めた。

 LINEをスライドさせているようだが、文字を打ち込む様子はない。


「ねぇ、お兄さん」

「ん?」

「お兄さん的には後輩さんと楓坂さん、どっちと付き合いたいの?」

「そんなことを急に聞かれても……」


 めっちゃ唐突だな。

 そりゃあ、二人からアプローチされてはいるが、いきなり聞かれても答えにくいだろ。


 俺が答えづらそうにしていると、結衣花はとんでもない事を……。


「どっちとエッチしたいって聞いた方がよかった?」

「返答に困るようなことを聞くな」


 なんてことを言いやがる。

 今の一言でなにも答えられなくなったじゃないか。


 危なかったぜ。

 もし先走って何か言っていたら、今頃ネタにされて笑い者にされていた。


 やはりこの女子高生、油断ならない。


 ここは攻めに転じた方が良さそうだな。


「結衣花は彼氏を作る気はないのか?」

「わかんない。今は絵を描くのが楽しいし、そこまでこだわってないかな」

「そうか」

「お兄さんがもっと若くて、イケメンになって、声もカッコ良くて、性格も最高だったら候補だったかもね」

「それ別人だろ」


 むぅ……。恋愛トークでいじってやろうと思ったのに、いつの間にか俺がやられてんじゃん。


「私はこうして話しているだけで、結構楽しいんだけどね」

「まぁ、俺もそうだな」

「もしかして、今のってデレたの?」

「日常会話だ」


 デレじゃなくて、素直な気持ちだっつーの。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂とひさしぶりの夕食。


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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