1月7日(木曜日)あーんしてしまったら……
紺野さんと香穂理さんのデートを見守るつもりだったのだが、なぜか俺達は一緒に食事をすることになった。
微妙な空気が流れる中、それぞれがメニューを注文する。
控えめた結衣花に香穂理さんが話しかけた。
「結衣花。もっと頼んでもいいのよ」
「うん、ありがとう。これで十分だよ」
やっぱり姉妹ということもあって、香穂理さんは結衣花のことを気にかけている。
だが少しよそよそしい……。
たしか香穂理さんって大学時代は一人暮らしをしていたんだっけ。
となると四年前……。結衣花は中学生の間、香穂理さんとほとんど会ってなかったということか。
そう考えると、この微妙な距離感はわからなくはない。
今になって気づいたが今日は紺野さんのウザい絡みが少ないし、香穂理さんの毒舌も控えめだ。もしかして結衣花がいるからか?
運ばれてきた料理を食べながらそんなことをぼんやりと考えていた時、不意に結衣花が話しかけてきた。
「お兄さん。はい、ポテト」
「おお、サンキュ」
フォークに刺さった結衣花のポテトを俺はパクリと食べた。
ポテトって不思議だよな。
飽きるほど食ってるのに、何度食べても飽きない。
しかもディップをすると可能性は無限大だ。
まだ食べた事はないけど、チョコレートソースでも美味いらしい。どんだけ汎用性に優れてんだよ。
だが、ここで俺は大きな間違いを犯したことに気づく。
「笹宮さん……?」
圧倒的な虚無……。
前を見ると音水が光を失った目で俺を見ていた。
やっべぇぇぇぇぇぇっ! いつものクセで結衣花が差し出したものを普通に食ってた!!
俺と結衣花は一緒に食事をすることが多いのだが、ポテトが出てくるといつも食べさせてくれる。
もちろんそこに大きな意味はない。なんとなくだ。
しかし……。だが、しかしなのだ。
たとえポテトとはいえ、女子高生に食べさせてもらうなんて周囲の人間はどう思うだろうか。
音水の冷たい視線を感じながら、俺は結衣花に小声で言う。
「結衣花……、ヤバいぞ……。さっきの行動が音水に誤解されたようだ」
「ごめん……。何も考えずにやっちゃった……」
さすがの結衣花もこればっかりは失敗だと思っているらしく、冷や汗をかいている。習慣ってこえぇ……。
そして音水が動いた。
「笹宮さん。私もあーんをしてあげたいです」
やはりそう来たか。
音水は以前から餌付けシチュエーションを気に入っている。
だが彼女の場合、サクッと終わらせるのではなく甘々モードへ突入するのだ。
結衣花がいるということもあるが、そばには紺野さんや香穂理さんもいる。
ここはなんとしても回避しなくては……。
「待て。さすがに職場の人間がいる前ではキツイ」
すると音水はキリッと表情を引き締めた。
「羞恥心は過ぎれば快感です。むしろそうあるべきです」
「マジ顔で何言ってんだ……」
隣を見ると紺野さんと香穂理さんがニヤニヤしながら俺を見ていた。
もしここであーんをしてしまったら、午後から俺は社内全員からいじられる。とても耐えらえるものではない。
「よし、こうしよう。俺が食べさせてやる。それでどうだ?」
「つまり私があーんをされる側ということですか?」
「そうだ」
「わかりました。それで手を打ちましょう」
これなら主導権は俺にあるので、おかしな雰囲気にはならない。
こうして俺はチキンナゲットを音水に食べさせてあげる。
彼女はチキンナゲットを口に入れ、嬉しそうにもぐもぐした。
ふぅ……。一時はどうなることかと思ったが、機嫌が直ってよかったぜ。
結衣花がこっそりと話し掛けてくる。
「うまく最悪の事態を回避できたね」
「あぁ」
「でも、お兄さんの情けないところも見たかったなぁ」
「てめぇ……」
……と、ここで俺は遠くの席から俺達を見ている女性がいる事に気づいた。
彼女はメガネをかけ、胸が大きく、髪の長い女性だ。
んむっ! とふくれっ面を作っているのは間違いなく、俺の隣に住んでいる大学生……。
楓坂ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
ピロリン♪ と、俺のスマホにLINEが届いた。
俺はダラダラと冷や汗を流しながら、メッセージを開く。
『いったい何をしているのかしら?』
『違うぞ。誤解だ。これには事情があるんだ』
『結衣花さんにあーんをしてもらって、今度は音水さんにあーんをする事情ですか。そうですか。ふーん』
いや……まぁ……、おかしいのは俺の方だというのは間違ってないんだが……。
俺が硬直していることに気づいた結衣花が訊ねてきた。
「どうしたの?」
「実は楓坂が来ていて、さっきのやりとりを見られてしまった」
結衣花は周囲を見渡して、楓坂を見つける。
「ホントだ……。いつの間に……。じゃあ、私は楓坂さんをなぐさめに行くよ」
「……すまん。頼む」
しばらくしてLINEが来る。
『今日のところは結衣花さんに免じてゆるしてあげます。次の土曜日はたっぷり奉仕してもらいますからね』
『わかった。もちろんだ……』
なんで俺、こんなに立場低いんだろう。
まぁ、土曜日ならフリーだからいくらでも付き合ってやるさ。
これで平和が得られるなら俺はなんでもするぜ。
こんな俺の様子を見ていた香穂理さんが、ポツリとつぶやいた。
「笹宮さんって、女難の相が大変なことになってそうですね」
「……否定できん」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、土曜日は楓坂にご奉仕?
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます