第五章 お正月と女子社員

12月28日(月曜日)大晦日の予定


 師走もあとわずか。

 通勤電車に乗っていても、人がかなり少ない。


 学生達が冬休みということもあるのだろうが、そうだとしても人が少ないように感じる。

 特に俺は各駅停車に乗っているので、その傾向がより顕著に現れていた。


 満員電車でないのなら快速に乗ってもいいのだが、あえてこの車両にこだわっているのは彼女が来るかもしれなかったからだ。


 そして当然のようにフラットテンションの挨拶が聞こえた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 冬休みという事もあり、今日の結衣花は私服姿。

 クリーム色のダッフルコートは、かわいらしいミディアムショートの彼女によく似合っていた。


「冬休みでも来てくれたのか」

「うん。家にいてもやることないし」


 やることがないのなら家でゴロゴロしても許されるのに、こうして会いに来てくれるのは嬉しい限りだ。


 今年のクリスマス……、結衣花は俺のことを好きかもしれないと言ってくれた。

 正直嬉しかったし、照れくさかった。

 

 もちろん俺達が付き合えるはずがない。

 だが、こうしていつも会える時間を俺は楽しみにしていた。


 音水や楓坂に抱く感情とは違うものを、俺は結衣花に感じている。

 そばにいてくれるだけで、俺はとても安心感を覚えるようになっていた。


 こういう気持ちってなんて言うんだろうな。


「なに?」

「あ……、いや……」


 無意識に見つめていたらしく、結衣花は恥ずかしそうに俺を見上げていた。

 そして少しだけ俺に近づく。


「ねぇ……。腕、掴まってもいい?」

「ああ、いいぞ」


 結衣花は小さな手で俺の腕を掴む。

 コートの上からなので掴みにくかったらしく、彼女は指を動かして俺の腕の感触を確かめていた。


「今日が仕事納め?」

「いや、三十日まであるんだ。家電量販店の仕事が入っていてな」

「クマさんになるの?」

「まぁな」


 イベント業界は年末年始が忙しいというイメージがあるが、それは会社によって大きく違う。


 カウントダウンコンサートとかに携わる時は目が回るほど忙しいが、俺のように家電量販店の販売促進イベントは年明けの三日以降の方が忙しい。

 逆にコミケやモーターショーのような展示会に至ってはほとんどなかった。


 これらの傾向もクライアントによって差があるので、まさに千差万別なのだ。


「見に行こうかなー」


 わざとらしい口調でそう言う結衣花。

 彼女がこういう言い方をするという事は、俺のクマさん姿を見てからかいたいのだろう。


「別に構わないが、俺以外の人が入っている時もあるから注意してくれよ」

「大丈夫。お兄さんかどうかは動きでわかるから」

「マジで?」

「動きがキモい時はお兄さんなんだよね。余裕かな」

「その前情報が間違ってんだけど……」


 そもそも俺はキモい動きをしたことがない。

 子供達からだって大人気だ。

 調子がいい時は、なにもしなくても笑ってくれるんだぜ。


 けっして……キモいから笑われているわけではない……よな?


「来年になれば、商業施設のバレンタインイベントの打ち合わせで会う機会もあるんだろうけどな」

「楽しみだね。しっかり私を甘やかしてよ」

「肝に銘じておくぜ」


 そういえば、前々から気になっていたことがあったんだ。

 ちょうどいい機会だし、聞いておこう。


「今さらだが、本当にペンネームはKAZUのままで行くのか?」

「うん。気に入ってるし」

「……まぁ、結衣花がそれでいいなら、いいんだけど」


 結衣花のペンネーム『KAZU』は、俺の名前『和人』からきている。

 男性っぽい名前がいいという理由もあったみたいだが、最初は俺をからかうために言い出したことだった。


 しかし、結衣花はあまり気にしていないようだ。


「他の候補としては苗字の蒼井をそのまま使おうと思ったけど、やっぱり身バレするリスクは避けたいし」

「まぁ、ネット社会の現代で本名をさらすのはな」


 それにしても、どうして蒼井という苗字に聞き覚えがあるんだろうか。

 音水も結衣花の名前を聞いた時に不思議そうな顔をしていたし、業界にそういう人がいるのかもしれない。


 とはいえ蒼井ってそこまでめずらしい苗字じゃないから、思い過ごしの可能性が高いのだが……。


「ねぇ、お兄さん。それより大晦日はどうする?」

「ん? 特になにもしないけど」

「じゃあ、一緒に大晦日のお参りに行かない? 楓坂さんも一緒に行く予定だし」

「そうだな……」


 結衣花と楓坂、二人で行くのか。

 大晦日のお参りと言っても二人のことだから夜の七時ぐらいだろう。

 人も多いので危険はないと思うが、女子二人だと心配だ。

 護衛というわけではないが、ついて行ってあげた方がいいかもしれない。

 というより、その方が安心できる。


「よし、行くか」

「うん」

「しかし、まさか大晦日も一緒に過ごすことになるとはな」

「ラブラブだね」

「……そう言われると、照れる」

「やめてよ。……お兄さんが照れたら……私も照れるじゃん」


 そう言って、結衣花は抗議するように体を揺すった。



■――あとがき――■

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次回、出勤した笹宮は驚きの事実を知る!?


投稿は朝7時15分。

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