12月25日(金曜日)クリスマスの告白(3/3)
「よぉ、結衣花」
「……お兄さん」
薄暗さが残っていた空が急に暗くなり、周囲に輝くイルミネーションが一層綺麗に見えた。
だけどポツンと佇む結衣花の姿は、どこか寂しそうに見える。
「……本当に買いに来たんだ」
いつものフラットテンションではあるが、やはりいつもと違う。
表情……というより、なぜか結衣花と距離があるように感じた。
「約束しただろ。といっても、一番最初ってわけにはいかなかったがな」
「そっか」
「どうしたんだ? 元気がないみたいだが……」
「そんなことないよ」
白のモッズコートを着た結衣花はポケットに手を入れてうつむく。
少し間を開けて、彼女はぽつりぽつりと話を始めた。
「あのね……。私、三学期が始まったら、通学時間を変えようと思ってるの」
「……そうか」
「だから、これからはあんまり会えないかな」
それで落ち込んでいるのだろうか。
もしかして、俺には言えない事情があるとか?
だが、時間帯がズレるだけなら特に問題はないだろう。
「なら俺が時間を合わせるぜ。何時にすればいい?」
「え……、なんで?」
「なんでって……、そうしないと話ができないだろ」
俺が時間を合わせると言ったことがよほど意外だったのか、結衣花は目を丸くして驚いた。
「えーっと……でも来年は受験もあるし……、イラストのお仕事もしないといけないし……。私達、あんまり会わない方がいいよ」
「大丈夫だろ。朝会うだけなんだから」
「う~~~」
……なんでここで唸るんだよ。
俺、なにも変なことは言ってないよな。
そりゃ、確かに今まで数々の人達から鈍感と揶揄されてきたが、今の会話の中に俺に落ち度はなかったはずだ。……うん、ないよな。
「あのさ……。お兄さん、もしかして私の気持ちを知っててからかってるの?」
「俺に結衣花をからかえるほどのトーク力があると思うか」
「……ない」
「だろ?」
「そこ、威張るところじゃないから」
どうも俺と会えないというより、会わないようにしようとしているみたいだ。
嫌われたのだろうか……。
それとも他に理由があるのか……。
「もしかして、黒ヶ崎が俺を脅すネタに結衣花を使ったことを気にしているのか?」
「それも少しはあるけど……」
結衣花は一度言葉を飲み込んだが、言いづらそうにしながらも話を続けた。
「お兄さんと楓坂さん、今日は一緒に過ごすんでしょ……。そしたら付き合うじゃない。だったら……私が邪魔かな……と思って……」
……なんだ、そんなことか。
嫌われたのかと思って焦ったぜ。
俺が結衣花のことを邪魔に思うわけないじゃないか。
むしろいてくれないと、俺は……。
ええい! ぐだぐだ考えてもしょうがない!
今はとにかく思ったことを言葉にしてみよう!
「あー、まぁ……、なんだ。……以前の俺は、無愛想主義なんて掲げて周囲と距離を取っていたが……、その……結衣花がいたから変わることができたんだ」
結衣花はさびし気な表情で俺を見た。
訴えかけるような儚いその瞳に魅せられて、俺は息を呑む。
「つ……つまりだ。結衣花がいてくれないと……俺はさびしい……」
いつもの事だが、かなり不格好なセリフになってしまった。
本当は勇気づけるような言葉を言ってやりたかったのに……。
すると結衣花は俺に近づいて、消え入りそうな声で話す。
「私ね……」
「ああ」
「たぶんね……」
「ああ」
「……お兄さんのことが好きだと思う」
どう返事をしていいのかわからなかった。
だが不思議と驚きはなかった。
俺達はお互いの気持ちを伝えあうようなことはしていない。
だが、そうであることが当たり前のように感じたからだ。
しかし結衣花は不安だったのだろう。
目に涙をためて、震えながら話し始める。
「私……楓坂さんの邪魔になりたくない。お兄さんの邪魔にもなりたくない。……そもそも女子高生なんだから、お兄さんを好きになる権利すらないじゃん!」
おそらく結衣花が怒鳴ったところを始めて見たかもしれない。
それだけ彼女は悩んでいたんだ。
そりゃあ、まぁ……。俺と結衣花がカレカノになることはできないだろう。
だけど一緒にいることまでダメなわけじゃない。
しかし……、まずは楓坂とのことをちゃんと話しておくか。
「あー……。実は昨日の夜、楓坂がうちに泊まったんだ」
「ほら」
「待て待て。話を聞いてくれ。……えーっと……結局お互いに何もせず、現状維持のままでいいって話になったんだ」
すると結衣花はキョトンとした顔になった。
「……そう……なの?」
「まぁな。友達っていうのとも違うが、カレカノの関係じゃないんだ」
「……フラれたの?」
「いや……、それ以前にまったくそういう雰囲気にならなかった」
「イブの夜なのに?」
「……ああ」
さっきまで真剣だった結衣花はあきれたように目を細めて、じ~~~~~っとこちらを見てくる。
まぁ……イブの夜に一緒の部屋で寝てなにもなかったんだ。
誰だって「はぁ!?」となるだろう。
俺ですら自分に対して呆れているくらいだからな。
結衣花は本来のフラットテンションの口調で言い放つ。
「なにしてんの? アホなの?」
「ドン引きした目でそんなふうに言わないで欲しいぜ」
「どうせお兄さんが何もしなかっただけでしょ? ここまで来たらヘタレ罪で禁固十年だよ」
「人類史において存在しない罪状を作るな」
めっちゃ責められてる。
つーか、さっき俺のことを好きかもって言ったのに、なんで怒られてんだよ。
もしかして怒りを覚えるほどあきれられてんのか? そうなのか?
むぅ……、いちおう言い訳は言っておこう。
「ちなみに楓坂に聞いたら、もし俺が迫ってきたら冷静さを維持できないからパンチするって言ってた」
「……奥手が二人揃うとこんなにめんどくさいなんて、……驚きを禁じ得ないね」
あきれ果てた結衣花は呆然としていた。
とはいえ、今なら俺の話も聞いてくれるだろう。
「正直、これから俺がどうなるかわからない。だけど結衣花がいなくなるのは嫌なんだ。もし……迷惑じゃなかったら、もう少し一緒にいてくれないか」
「私……、一緒にいていいのかな……」
「当たり前だろ」
俺は意識して優しい口調で言った。
少しでも彼女の不安を和らげたいと思ったからだ。
すると結衣花は俺の腕を掴んで二回ムニる。
そして、おでこを腕に押し付けた。
「お兄さん、ずるいよ」
「そうだな」
「私もずるい……。楓坂さんの気持ちを知ってるのに、後輩さんのことも知ってるのに……。でも、お兄さんから離れたくないって思ってる。離れないといけないのに……。なのに……」
「……泣いてるのか?」
「泣いてないもん」
結衣花の表情は見えないが、声が震えていた。
いろいろな迷いや悩みが溢れているのだろう。
そんな彼女を支えたい気持ちで、俺は頭をなでる。
いつも隣に立っていた生意気な女子高生は、こんなに小さくで可愛らしい子だったんだと改めて実感した。
彼女を傷つけたくない。
見守ってやりたい。
そう……俺は強く思った。
「またこれからも話をしてくれるか?」
「うん」
そして結衣花は顔を上げて言う。
「お兄さん……」
「ん?」
「えっと……、メリークリスマス」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、二十六日のクリスマスパーティー。
明日から投稿は一日一回【朝7時15分】に投稿します。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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